・・・通が私ゃ可哀そうだから、よう、後生だから。」 と片手に戎衣の袖を捉えて、片手に拝むに身もよもあらず、謙三郎は蒼くなりて、「何、私の身はどうなろうと、名誉も何も構いませんが、それでは、それではどうも国民たる義務が欠けますから。」 ・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・何にも知らない不束なものですから、余所の女中に虐められたり、毛色の変った見世物だと、邸町の犬に吠えられましたら、せめて、貴女方が御贔屓に、私を庇って下さいな、後生ですわ、ええ。その 私どうしたら可いでしょう――こんなもの、掃溜へ打棄って・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・紀は取ってもちっとは呼吸がわかりますので、せがれの腕車をこうやって曳きますが、何が、達者で、きれいで、安いという、三拍子も揃ったのが競争をいたしますのに、私のような腕車には、それこそお茶人か、よっぽど後生のよいお客でなければ、とても乗っては・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・とそう言って、……いきなり鏡台で、眉を落して、髪も解いて、羽織を脱いでほうり出して、帯もこんなに(なよやかに、頭あの、蓮葉にしめて、「後生、内証だよ。」と堅く口止をしました上で、宿帳のお名のすぐあとへ……あの、申訳はありませんが、おなじくと・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・、病人は飛立つばかり、どうぞお慈悲にと申しますのは、私共からもお願い申して上げますのでございますが、誠に申しかねましたが、一晩お傍で寝かしくださいまして、そうして本人の願を協えさしてやって下さいまし、後生でございますから。 それに様子を・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・「政夫さん、後生だから連れて行って下さい。あなたが歩ける道なら私にも歩けます。一人でここにいるのはわたしゃどうしても……」「民さんは山へ来たら大変だだッ児になりましたネー。それじゃ一所に行きましょう」 弁当は棉の中へ隠し、着物は・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・「後生ですから、私のお母さんや、お父さんたちの、黄金時代のことを話してください。きくだけでも、生まれてきたかいがありますから。」と、彼女は、頼みました。「それは、野にも、山にも、圃にも、花という花はあったし、やんわりとした空気には、・・・ 小川未明 「冬のちょう」
・・・よう。後生だから勘弁してお呉れよ。」 いくら子供がこう言っても、爺さんは聞きませんでした。そうして、唯早くしろ早くしろと子供をせッつくばかりでした。 子供は為方なしに、泣く泣く空から下がっている綱を猿のように登り始めました。子供の姿・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・ 仔猫よ! 後生だから、しばらく踏み外さないでいろよ。お前はすぐ爪を立てるのだから。 梶井基次郎 「愛撫」
・・・気狂だと思って投擲って置いて下さいな、ね、後生ですから。』と泣声を振わして言いますから、『そういうことなら投擲って置く訳に行かない。』と僕はいきなり母の居間に突入しました。里子は止める間もなかったので僕に続いて部屋に入ったのです。僕は母の前・・・ 国木田独歩 「運命論者」
出典:青空文庫