・・・おれの知っている限りでは、十七歳と三十二歳の二人、後者はお千鶴の従妹だった。 もとよりその頃は既に身うけされて、朝鮮の花街から呼び戻され、川那子家の御寮人で収まっていたお千鶴は、「――ほかのことなら辛抱できまっけど、囲うにこと欠いて・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ かりに既婚者の男子が一人の美しき娘を見るのと、未婚者の男子がそうするのとでは、後者の方がはるかに憧憬に満ちたものであることは容易に想像されるであろう。それが未婚者の世界の洋々たる、未知のよろこびなのだ。その如くに童貞者にあるまじりなき・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 三 教養の読書と専門職能の読書 読書には人間教養のためのものと、社会において分担すべき職能のためのものとある。後者に関してはその種類が多様であるのと、技術知の習得に関するので、特に挙げてあげつらうことができない。た・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・前者は利己主義となり、後者は博愛心となる。 この二者は、古来氷炭相容れざるもののごとくに考えられていた。また事実において、しばしば矛盾もし、衝突もした。しかし、この矛盾・衝突は、ただ四囲の境遇のためによぎなくせられ、もしくは養成せられた・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・するのが自然であるかのように見える、左れど一面には亦た種保存の本能がある、恋愛である、生殖である、之が為めには直ちに自己を破壊し去って悔みない省みないのも、亦た自然の傾向である、前者は利己主義となり、後者は博愛心となる。 此二者は古来氷・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・こゝには便宜上後者によつて私見を述べんとするもの也。 先、堯典に見るにその事業は羲氏・和氏に命じて暦を分ちて民の便をはかり、その子を措いて孝道を以て聞えたる舜を田野に擧げて、之に位を讓れることのみ。而してその特異なる點は天文暦日に關する・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・なんだか、とても、書きにくい思いなのですが、後者は、「矢車の花いとし。一つ、二つ、三つ、私のたもとに入れました。云々。」というのであります。どういうものでしょうか。やはり、之は、大事に筐底深く蔵して置いたほうが、よかったのでは無かったかと、・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・前者は、実在の兎以上に、兎と化し、後者も亦、実在の狐以上に、狐に化して、そうして平気である。奇怪というべきである。女性の皮膚感触の過敏が、氾濫して収拾できぬ触覚が、このような二、三の事実からでも、はっきりと例証できるのである。或る映画女優は・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・彼自身も後者の類例をある程度まで承認している。「琥珀の中の蝿」などと自分で云っているが、単なるボスウェリズムでない事は明らかに認められる。 時々アインシュタインに会って雑談をする機会があるので、その時々の談片を題目とし、それの注釈や祖述・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・前者では因果の連鎖が一筋の糸でつづいているが、後者では因果の中間に蓋然の霧がかかっている。それで、前者では練習さえ積めばかなりの程度までは思いのままにあらゆる有様を再現することが出来るが、後者の方では二度と同じ結果を出すまでに何度試みを繰返・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
出典:青空文庫