・・・神の道に従うの心易きも知らずといわじ。心易きを自ら捨てて、捨てたる後の苦しみを嬉しと見しも君がためなり。春風に心なく、花自ら開く。花に罪ありとは下れる世の言の葉に過ぎず。恋を写す鏡の明なるは鏡の徳なり。かく観ずる裡に、人にも世にも振り棄てら・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・をもっとはっきりかたづけてきたらよかろうという妻の意見に従うことにきめて家を出た。四 汽車中では重吉の地方生活をいろいろに想像する暇もあったが、目的地へ下りるやいなや、すぐ当用のために忙殺されて、「あのこと」などはほとんど考・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・育せらるゝ間こそ父母に孝行を尽す可きなれども、他家に縁付きては我実の父母よりも夫の父母たる舅姑の方を親愛し尊敬して専ら孝行す可し、仮初にも実父母を重んじて舅姑を軽んずる勿れ、一切万事舅姑の言うがまゝに従う可しと言う。斯く無造作に書並べて教う・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・現に今日にても士族の仲間が私に集会すれば、その会の席順は旧の禄高または身分に従うというも、他に席順を定むべき目安なければ止むを得ざることなれども、残夢の未だ醒覚せざる証拠なり。或は市中公会等の席にて旧套の門閥流を通用せしめざるは無論なれども・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ただ我等仏教徒はまず釈尊の所説の記録仏経に従うということだけを覚悟しよう。仏経に従うならば五種浄肉は修業未熟のものにのみ許されたこと楞迦経に明かである。これとても最後涅槃経中には今より以後汝等仏弟子の肉を食うことを許されずとされている。その・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・部下みな従う。七、ノルデは頭からすっかり灰をかぶってしまった。 サンムトリの噴火。ノルデ海岸でつかれてねむる。ナスタ現わる。夢のなかでうたう。八、ノルデは野原にいくつも茶いろなトランプのカードをこしらえた。 ノルデ奮起す。水・・・ 宮沢賢治 「ペンネンノルデはいまはいないよ 太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ」
・・・ 片岡氏は、当時のブルジョア道徳が逆宣伝的に、階級闘争に従う前衛のはなはだしく困難な生活の中に、不可避的に起ったさまざまの恋愛錯雑を嘲笑したのに対し、抗議としてこの小説を書かれた。そのことは、同じ小説の中の文句でもはっきり宣言せられてい・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・ このように明るく、親も子も同じように、道理には従うというきちんとした習慣で育てられれば、男の子も女の子も、おのずから動作もしっとりとし、正しいことに従う素直さをもち、互に扶け合う気風も出来ます。 躾にも筋がとおる、ということが・・・ 宮本百合子 「新しい躾」
・・・煙は道徳に従うよりも、風に従う。花壇の花は終日濛々として曇って来た。煙は花壇の上から蠅を追い散らした勢力よりも、更に数倍の力をもって、直接腐った肺臓を攻撃した。患者たちは咳き始めた。彼らの一回の咳は、一日の静養を掠奪する。病舎は硝子戸で金網・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・たとえ死が予期よりも早く自分の前に現われようとも、せめて現在に力の限りをつくしたという理由で、落ちついて運命に従うことができるだろう。そうしてなすべき事をなした人間の権利として永遠に人類の生命の内に生きる事もできるだろう。 これが私の覚・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫