・・・ 従妹のふき子がその年は身体を損ね、冬じゅう鎌倉住居であった。二月の或る日、陽子は弟と見舞旁遊びに行った。停車場を出たばかりで、もうこの辺の空気が東京と違うのが感じられた。大きな石の一の鳥居、松並木、俥のゴム輪が砂まじりの路を心持よく行・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・東京から、その家の持ち主の妻や子供達や、従兄従妹などという活発な眷属がなだれ込んで来て部屋部屋を満した。永い眠りから醒まされて、夏の朝夕一しお黒い柱の艶を増すような家の間で、華やかな食慾の競技会がある。稚い恋も行われる。色彩ある生活の背景と・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・[自注4]かっちゃん――顕治の従妹。[自注5]あなたのかりていらしたという家――顕治が大学一年の夏そこで暮した。 四月十一日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 上落合より〕 第十一信 四月十一日の夜。 きょうは・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・性的にも内気で無垢であり、従妹のエマニュエル只一人が愛情の対象であった。「一切金銭の心配からはなれ」息子の処女出版のために特別費を心がけている母の愛顧の下で、二十歳の彼は処女作「アンドレ・ワルテルの手記」を書いたのであった。 ジイドは、・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・若い自分が従妹と、そこに祖母が隠して置いた氷砂糖を皆食べて叱られた。その洋画や飾棚が、向島へ引移る時、永井と云う悪執事にちょろまかされたが、その永井も数年後、何者かに浅草で殺された事など、まさ子は悠り、楽しそうに語った。向島時代は、なほ子も・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・ そんな苦しい或る日、鎌倉の海岸に保養していた従妹たちのところへ遊びに行った。四つばかり年下の従妹はまだ結婚前で、従弟たちと心も軽く身も軽く、小松の茂った砂丘の亭で笑いたわむれている。そのなかに打ち交わりながら、自分の苦悩がこの若い人た・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・ 三月の或る晩、私は従妹や弟と矢張り尾張町の交叉点で電車を降りた。 暫くどっちに行こうと相談した結果、先に、山崎の側を――そちらに夜店が出ていたから――京橋詰まで行き、戻りに新橋まで帰ることになった。 私共は、快活な散歩者ら・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・アテナ・インクの瓶がそのまんま置いてあって、そこへペン先をもって行っては書いているのだが、そのペン軸を従妹がくれたのは、もう何年前のことだったろう。私が悄気て鎌倉にいた従妹の家へふらりと行ったりした頃、貰ったものだ。 やきものの山羊は父・・・ 宮本百合子 「机の上のもの」
・・・ヴィアルドオ夫人は「従妹ベット」がパンセラスの仕事を督励したとは別の方法で、言葉で、宝石の沢山はまった奇麗な白い手で、恐らくはツルゲーネフの芸術活動と、その成功を刺戟し、部分的には精神的共働者でもあったであろう。ぐうたらなツルゲーネフが「全・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・「従妹ベット」を、先ず開こう。これは一八四六年、バルザック四十七歳の成熟期に書かれたものである。 この小説は「千八百三十八年の七月の半頃」新型馬車「ミロール」に乗って大学通りを走っている、でっぷり太った中背の男の説明から始る。・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫