・・・けれども、やがて私も、日本酒を飲む事に馴れたが、しかし、それは芸者遊びなどしている時に、芸者にあなどられたくない一心から、にがいにがいと思いつつ、チビチビやって、そうして必ず、すっくと立って、風の如く御不浄に走り行き、涙を流して吐いて、とに・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・自分の所有権が、みじんも損われないではないか。御不浄拝借よりも更に、手軽な依頼ではないか。私は人から煙草の火の借用を申し込まれる度毎に、いつもまごつく。殊にその人が帽子をとり、ていねいな口調でたのんだ時には、私の顔は赤くなる。はあ、どうぞ、・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・いちど御不浄に立った。幸吉が案内した。「どこでも知っていやがる。」「母は、御不浄を一ばん綺麗にお掃除していました。」幸吉は笑いながら、そう答えた。 そのことと、もう一つ。酔いつぶれて、そのまま寝ころんでいると、枕もとで、「萩・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・シャッチョコ張って、御不浄の戸を閉めるのにも気をつけて、口をきゅっと引きしめ、伏眼で廊下を歩き、郵便屋さんにもいい笑い声を使ってしとやかに応対するのですけれど、あたしは、やっぱり、だめなの。朝御飯のおいしそうな食卓を見ると、もうすっかりあの・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・僕が下の御不浄に降りて行ったら、トシちゃんが、お銚子を持って階段の上り口に立っていて、「あのかた、どなた?」「うるさいなあ。誰だっていいじゃないか。」 僕も、さすがに閉口していた。「ね、どなた?」「川上っていうんだよ。」・・・ 太宰治 「眉山」
・・・ おどろくことは無い。御不浄へ行って来たのである。期待に添わざること、おびただしい。立ったまま、ちょっと思案し、それから、のそのそ隣りの部屋へはいっていって、「おい、何か用がないかね?」 隣室では、家の者が、縫いものをしている。・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
出典:青空文庫