・・・すると御免とも云わずに表の格子戸をそうっと開けて、例の立退き請求の三百が、玄関の開いてた障子の間から、ぬうっと顔を突出した。「まあお入りなさい」彼は少し酒の気の廻っていた処なので、坐ったなり元気好く声をかけた。「否もうこゝで結構です・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・あらいやな髭なんぞを生やして、と言いかけしがその時そこへ来たる辰弥の、髯黒々としたるに心づきて振り返りさまに、あら御免なさいましよ、おほほほほ、と打って変りたる素振りなり。 これは私の親戚のもので、東条綱雄と申すものです。と善平に紹介さ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・「それはいけない、そんな気のきかないところは御免をこうむる。――」と彼の暗記しおる公報の一つ、常に朗読というより朗吟する一つを始めた、「敵艦見ゆとの警報に接し、連合艦隊は直ちに出動これを撃滅せんとす、本日天候晴朗なれども波高し――ここを・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・ 若し、も一度、××の生活を繰りかえせと云われたら、私は、真平御免を蒙る。 黒島伝治 「入営前後」
・・・向後気をつけます、御免なさいまし」と叩頭したが、それから「片鐙の金八」という渾名を付けられたということである。これは、もとより片方しかなかった鐙を、深草で値を付けさせて置いて、捷径のまわり道をして同じその鐙を京橋の他の店へ埋めて置いて金八に・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・かぬそれでは困ると世間のミエが推っつやっつのあげくしからば今一夕と呑むが願いの同伴の男は七つのものを八つまでは灘へうちこむ五斗兵衛が末胤酔えば三郎づれが鉄砲の音ぐらいにはびくりともせぬ強者そのお相伴の御免蒙りたいは万々なれどどうぞ御近日とあ・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・私は歩きながら、何度も何度も、こくりと居眠りしました。あわててしぶい眼を開くと蛍がすいと額を横ぎります。佐吉さんの家へ辿り着いたら、佐吉さんの家には沼津の実家のお母さんがやって来て居ました。私は御免蒙って二階へ上り、蚊帳を三角に釣って寝てし・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・「鮒か。」「ウン。」精の友達らしい。いつの間にか要太郎が見えなくなったと思うていると遥か向うの稲村の影から招いている。汗をふきふきついて行った。道の上で稲を扱いている。「御免なさいよ。」「アイ御邪魔でございます。」実際邪魔であるので。要太郎・・・ 寺田寅彦 「鴫つき」
・・・「まア、どうぞ御免なすって……。」と銀杏返は顔を真赤に腰をかがめて会釈しようとすると、電車の動揺でまたよろけ掛ける。「ああ、こわい。」「おかけなさい。姉さん。」 薄髯の二重廻が殊勝らしく席を譲った。「どうもありがとう……・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・と説明がある上は安心して、わがものと心得て、差支なしと考えた故、御免を蒙って寝る。 寝心地はすこぶる嬉しかったが、上に掛ける二枚も、下へ敷く二枚も、ことごとく蒲団なので肩のあたりへ糺の森の風がひやりひやりと吹いて来る。車に寒く、湯に寒く・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
出典:青空文庫