・・・前から不義理な借金で、ほとんど首もまわらないと云う事――珍竹林主人はまだこのほかにも、いろいろ内幕の不品行を素っぱぬいて聞かせましたが、中でも私の心の上に一番不愉快な影を落したのは、近来はどこかの若い御新造が楢山夫人の腰巾着になって、歩いて・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・「まあ、嫌な御新造だ。どうしてまたそんな事をしたんです?」「どうしてもこうしてもあるものか。御定りの角をはやしたのさ。おれでさえこのくらいだから、お前なぞが遇って見ろ。たちまち喉笛へ噛みつかれるぜ。まず早い話が満洲犬さ。」 お蓮・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・六金さんのほかにも、柳橋のが三人、代地の待合の女将が一人来ていたが、皆四十を越した人たちばかりで、それに小川の旦那や中洲の大将などの御新造や御隠居が六人ばかり、男客は、宇治紫暁と云う、腰の曲った一中の師匠と、素人の旦那衆が七八人、その中の三・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・ その時襖の開く音がして、「おそなわりました、御新造様。」 お民は答えず、ほと吐息。円髷艶やかに二三段、片頬を見せて、差覗いて、「ここは閉めないで行きますよ。」明治三十八年六月・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・実の御新造は、人づきあいはもとよりの事、門、背戸へ姿を見せず、座敷牢とまでもないが、奥まった処に籠切りの、長年の狂女であった。――で、赤鼻は、章魚とも河童ともつかぬ御難なのだから、待遇も態度も、河原の砂から拾って来たような体であったが、実は・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・盗人を捕えて見ればわが児なりか、内の御新造様のいい人は、お目に懸るとお前様だもの。驚くじゃアありませんか。え、千ちゃん、まあ何でも可いから、お前様ひとつ何とかいって、内の御新造様を返して下さい。裏店の媽々が飛出したって、お附合五六軒は、おや・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・かくてやや離れたる処にて、口の手拭御新造様。そりゃ、約束の通り遣って下せえ。(足手を硬直し、突伸べ、ぐにゃぐにゃと真俯向けに草に俯夫人 ほんとうなの、爺さん。人形使 やあ、嘘にこんな真似が出来るもので。それ、遣附けて下せえまし。・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・其の癖随分贅沢を致しますから段々貧に迫りますので、御新造が心配をいたします。なれども当人は平気で、口の内で謡をうたい、或はふいと床から起上って足踏をいたして、ぐるりと廻って、戸棚の前へぴたりと坐ったり何か変なことをいたし、まるで狂人じみて居・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・「御新造さま、大分お早いなし」 と言って婆やが声を掛けた頃は、お新までもおげんの側に集まった。「お母さんは家に居てもああだぞい」とお新は婆やに言って見せた。「冬でも暗いうちから起きて、自分の部屋を掃除するやら、障子をばたばた言わ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・曰く「旦、御新造、やれまツ、自、害か、馬ツ、何といふ、いけませんか、療治は、助かりませんかな、やれ、もツ、こんな綺麗な首に、こ、こんな石榴のやうな痍ツ、仕様ン無いなア、死ぬなんて、まツ、えツ、も、どうしたら、よう、やい、ひよウ、いけない・・・ 宮本百合子 「無題(六)」
出典:青空文庫