・・・ こう云って、一座を眺めながら、「何故かと申しますと、赤穂一藩に人も多い中で、御覧の通りここに居りまするものは、皆小身者ばかりでございます。もっとも最初は、奥野将監などと申す番頭も、何かと相談にのったものでございますが、中ごろから量・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ 御覧なさい私たちは見る見る沖の方へ沖の方へと流されているのです。私は頭を半分水の中につけて横のしでおよぎながら時々頭を上げて見ると、その度ごとに妹は沖の方へと私から離れてゆき、友達のMはまた岸の方へと私から離れて行って、暫らくの後には・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・ レリヤは別荘の方に向いて、「お母あさんも皆も来て御覧。私今クサカを摩って居るのだから」といった。 子供たち大勢がわやわやいって走り寄った。クサカの方ではやや恐怖心を起して様子を見て居た。クサカの怖れは打たれる怖れではない。最早鋭い・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・あの大勢の人声は、皆、貴下の名誉を慕うて、この四阿へ見に来るのです。御覧なさい、あなたがお仕事が上手になると、望もかなうし、そうやってお身体も輝くのに、何が待遠くって、道ならぬ心を出すんです。 こうして私と将棊をさすより、余所の奥さんと・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・「まァ民さん、御覧なさい、入日の立派なこと」 民子はいつしか笊を下へ置き、両手を鼻の先に合せて太陽を拝んでいる。西の方の空は一体に薄紫にぼかした様な色になった。ひた赤く赤いばかりで光線の出ない太陽が今その半分を山に埋めかけた処、僕は・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・籍が開いたまま置かれてあったのを何であると訊くと、二葉亭は極めて面羞げな顔をして、「誠にお恥かしい事で、今時分漸と『種原論』を読んでるような始末で、あなた方英書をお読みになる方はこういう名著を早くから御覧になる事が出来るが、露西亜には文学書・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・「それで、御覧なさいましてどんなお口振りでした?」「別にその時は……何しろ急いでいたものですからね、とにかく借してくれってそのまま持って行きましたが……それは、お仙ちゃんのあの縹致ですから、あれを見て気に入らないってことはありますま・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・わたくしは皆様方のお望みになる事なら、どんな事でもして御覧に入れます。大江山の鬼が食べたいと仰しゃる方があるなら、大江山の鬼を酢味噌にして差し上げます。足柄山の熊がお入用だとあれば、直ぐここで足柄山の熊をお椀にして差し上げます……」 す・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・恥かしいが、本当のことだ。御覧の通り、医者はおろか、薬を買う金もないのだ。安い薬草などを煎じてのんで、そのにおいで畳の色がかわっているくらい――もう、わずらってから、永いことになるんだ。 結局お前は手ぶらですごすご帰って行った。呼びかえ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・病人は私の方を信じて「それ御覧、間違ってるだろう」と看護婦に言います。看護婦は妙な顔をして居ました。此れ等の打合せをしようにも、二人が病人の傍を離れる事は到底不可能な事、まして、小声でなんか言おうものなら、例の耳が決して逃してはおきません。・・・ 梶井久 「臨終まで」
出典:青空文庫