一昨年の冬、香取秀真氏が手賀沼の鴨を御馳走した時、其処に居合せた天岡均一氏が、初対面の小杉未醒氏に、「小杉君、君の画は君に比べると、如何にも優しすぎるじゃないか」と、いきなり一拶を与えた事がある。僕はその時天岡の翁も、やは・・・ 芥川竜之介 「小杉未醒氏」
島木さんに最後に会ったのは確か今年の正月である。僕はその日の夕飯を斎藤さんの御馳走になり、六韜三略の話だの早発性痴呆の話だのをした。御馳走になった場所は外でもない。東京駅前の花月である。それから又斎藤さんと割り合にすいた省・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・そしてとうとうたまりかねたようにその眇眼で父をにらむようにしながら、「せっかくのおすすめではございますが、私は矢張り御馳走にはならずに発って札幌に帰るといたします。なに、あなた一晩先に帰っていませば一晩だけよけい仕事ができるというもので・・・ 有島武郎 「親子」
・・・A 御馳走でもしてくれるのか。B 莫迦なことを言え。一体歌人にしろ小説家にしろ、すべて文学者といわれる階級に属する人間は無責任なものだ。何を書いても書いたことに責任は負わない。待てよ、これは、何日か君から聞いた議論だったね。A ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・お民さん、貴女がこうやって遊びに来てくれたって、知らない婦人が居ようより、阿母と私ばかりの方が、御馳走は届かないにした処で、水入らずで、気が置けなくって可いじゃありませんか。」「だって、謹さん、私がこうして居いいために、一生貴方、奥さん・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・「これえ、私が事を意気な男だとお言いなさるぜ、御馳走をしなけりゃ不可んね。」「あれ、もし、お膝に。」と、うっかり平吉の言う事も聞落したらしかったのが、織次が膝に落ちた吸殻の灰を弾いて、はっとしたように瞼を染めた。 ・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・「いや御馳走になって悪口いうなどは、ちと乱暴過ぎるかな。アハハハ」「折角でもないが、君に取って置いたんだから、褒めて食ってくれれば満足だ。沢山あるからそうよろしけば、盛にやってくれ給え」 少し力を入れて話をすると、今の岡村は在京・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・れも嬉しかった、お町は何か思いついたように夫に相談する、利助は黙々うなずいて、其のまま背戸山へ出て往った様だった、お町はにこにこしながら、伯父さん腹がすいたでしょうが、少し待って下さい、一寸思いついた御馳走をするからって、何か手早に竈に火を・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・「そう馬鹿にしたもんじゃアないや、ね」と、おやじはあたまを撫でた。「御馳走をたべたら、早く帰る方がいいよ」と、吉弥も笑っている。 おかしくないのは僕だけであった。三人に酒を出し、御馳走を供し、その上三人から愚弄されているのではな・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「おや、御馳走様! どこかのお惚気なんだね」「そうおい、逸らかしちゃいけねえ。俺は真剣事でお光さんに言ってるんだぜ」「私に言ってるのならお生憎様。そりゃお酒を飲んだら赤くはなろうけど、端唄を転がすなんて、そんな意気な真似はお光さ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫