・・・その光栄の失敗の五年の後、やはり私の一友人おなじ病いで入院していて、そのころのおれは、巧言令色の徳を信じていたので、一時間ほど、かの友人の背中さすって、尿器の世話、将来一点の微光をさえともしてやった。わが肉体いちぶいちりん動かさず、すべて言・・・ 太宰治 「創生記」
・・・人、七度の七十倍ほどだまされてからでなければ、まことの愛の微光をさぐり当て得ぬ。嘘、わが身に快く、充分に美しく、たのしく、しずかに差し出された美事のデッシュ、果実山盛り、だまって受けとり、たのしみ給え。世の中、すこしでも賑やかなほうがいいの・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・私は、ただ一人淋しく、森のはずれの切株に腰をかけて、かすかな空の微光の中に消えて行く絃の音の名残を追うている。 気がつくと、曲は終っている。そして、膝にのせた手のさきから、燃え尽した巻煙草の灰がほとりと落ちて、緑のカーペットに砕ける。・・・ 寺田寅彦 「秋の歌」
・・・このように、遂げられなかった欲望がやっと遂げられたときの狂喜と、底なしの絶望の闇に一道の希望の微光がさしはじめた瞬間の慟哭とは一見無関係のようではあるが、実は一つの階段の上層と下層とに配列されるべきものではないかと思われる。 この流涕の・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・私はそれを一つまみとって空の微光にしらべました。すきとおる複六方錐の粒だったのです。(石英安山岩か流紋岩 私はつぶやくようにまた考えるようにしながら水際に立ちました。(こいつは過冷却の水だ。氷相当官私はも一度こころの中でつぶやき・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・ ごとごとごとごと、その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天の川の水や、三角点の青じろい微光の中を、どこまでもどこまでもと、走って行くのでした。「ああ、りんどうの花が咲いている。もうすっかり秋だねえ。」カムパネ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
出典:青空文庫