・・・なぞと、古臭い詩の句を微吟したりした。 所が横町を一つ曲ると、突然お蓮は慴えたように、牧野の外套の袖を引いた。「びっくりさせるぜ。何だ?」 彼はまだ足を止めずに、お蓮の方を振り返った。「誰か呼んでいるようですもの。」 お・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・彼女はひどく嘆息して、そのうちに何か微吟して見ることを思いついた。ある謡曲の中の一くさりが胸に浮んで来ると、彼女は心覚えの文句を辿り辿り長く声を引いて、時には耳を澄まして自分の嘯くような声に聞き入って、秋の夜の更けることも忘れた。 寝ぼ・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
「美くしき多くの人の、美くしき多くの夢を……」と髯ある人が二たび三たび微吟して、あとは思案の体である。灯に写る床柱にもたれたる直き背の、この時少しく前にかがんで、両手に抱く膝頭に険しき山が出来る。佳句を得て佳句を続ぎ能わざるを恨みてか、・・・ 夏目漱石 「一夜」
出典:青空文庫