・・・Mは彼の通り過ぎた後、ちょっと僕に微苦笑を送り、「あいつ、嫣然として笑ったな。」と言った。それ以来彼は僕等の間に「嫣然」と言う名を得ていたのだった。「どうしてもはいらないか?」「どうしてもはいらない。」「イゴイストめ!」・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・ マッグは僕らをふり返りながら、微苦笑といっしょにこう言いました。「これはゲエテの『ミニヨンの歌』の剽窃ですよ。するとトック君の自殺したのは詩人としても疲れていたのですね。」 そこへ偶然自動車を乗りつけたのはあの音楽家のクラ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・然れども君の微笑のうちには全生活を感ずることなきにあらず。微苦笑とは久米正雄君の日本語彙に加えたる新熟語なり。久保田君の時に浮ぶる微笑も微苦笑と称するを妨げざるべし。唯僕をして云わしむれば、これを微哀笑と称するの或は適切なるを思わざる能わず・・・ 芥川竜之介 「久保田万太郎氏」
・・・そしてその輝かしい微苦笑には、本来の素質に鍛錬を加えた、大いなる才人の強気しか見えない。更に又杯盤狼藉の間に、従容迫らない態度などは何とはなしに心憎いものがある。いつも人生を薔薇色の光りに仄めかそうとする浪曼主義。その誘惑を意識しつつ、しか・・・ 芥川竜之介 「久米正雄」
・・・村役場から配布される自治案内に、七分搗米に麦をまぜて食えば栄養摂取が十分になって自から健康増進せしむることができると書かれてあって、微苦笑を催させずに措かなかったのはこの二月頃だったが、産業組合購買部から配給される米には一斗に二升の平麦が添・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
出典:青空文庫