・・・もっとも最初は、奥野将監などと申す番頭も、何かと相談にのったものでございますが、中ごろから量見を変え、ついに同盟を脱しましたのは、心外と申すよりほかはございません。そのほか、新藤源四郎、河村伝兵衛、小山源五左衛門などは、原惣右衛門より上席で・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・野心も功名もむしろ心外いっさいの欲望も生命がどうかこうかあってのうえという固定的感念に支配されているのだ。僕の生命からしばらくなりとも妻や子を剥ぎ取っておくならば、僕はもう物の役に立たないものになるに違いないと思われるのだ。そりゃあまり平凡・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・をもたらしたような口利いていたが、聴いていて、おれは心外……いや、おかしかった。なにが、お前ひとりの力で……。いまとなっては、いかな強情なお前も認めるだろうが、みなおれの力だった……。例えば、支店長募集のあの思いつきにしろ、新聞広告にしろ、・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
殺された娘、美人、すくなくとも新聞の上では。それが宮枝には心外だ。宮枝はその娘を知っている。醜い娘、おかめという綽名だ。 あたしの方がきれいだ。あたしの方が口が小さい。おかめなんていわれたことはない。宮枝の綽名はお化け・・・ 織田作之助 「好奇心」
・・・ 私は隊長にそう答えると隊長はあきれた非国民もいるものだ、こういう非国民が隣組にいるのは心外であるという意味のことを言って、カンカンになって帰って行った。それと行きちがいに、また隣組から、今日の昼のニュースを聞けと言って来た。 畏れ・・・ 織田作之助 「終戦前後」
・・・敵、味方は総州征伐のためのみの出先の小勢、ほかに援兵無ければ、先ず公方をば筒井へ落しまいらせ、十三歳の若君尚慶殿ともあるものを、卑しき桂の遊女の風情に粧いて、平の三郎御供申し、大和の奥郡へ落し申したる心外さ、口惜さ。四月九日の夜に至って、人・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・けれども、長兄は、それ故に、弟妹たちから、あなどられるのも心外でならぬ。必ず、最後に、何か一言、蛇足を加える。「けれども、だね、君たちは、一つ重要な点を、語り落している。それは、その博士の、容貌についてである。」たいしたことでもなかった。「・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・動物学に於ける自分の造詣の浅薄さが、いかん無く暴露せられたという事が、いかにも心外でならなかったらしく、私がそれから一つきほど経って阿佐ヶ谷の先生のお宅へ立寄ってみたら、先生は已に一ぱしの動物学者になりすましていた。何事に於いても負けたくな・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・なお、秋田さんの話は深沼家から聞きましたが、貴下にこの手紙書いたことが知れて、いらぬ饒舌したように思われては心外であるのみならず、秋田さんに対しても一寸責任を感じますので、貴下だけの御含みにして置いて頂きたいと思います。然し私は話の次手にお・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・夜這いなどと言われるのは、実に心外ですが、しかし、致しかたがありません。私には、これより他に、手段が無かったのです。数枝さん! もうこれ以上、私を苦しめるのは、やめて下さい。イエスですか、ノオですか。それを、それだけを、今夜はっきり答えて下・・・ 太宰治 「冬の花火」
出典:青空文庫