・・・それもちゃんと一所に止ったまま、ホヤを心棒のようにして、勢いよく廻り始めたのです。初の内は私も胆をつぶして、万一火事にでもなっては大変だと、何度もひやひやしましたが、ミスラ君は静に紅茶を飲みながら、一向騒ぐ容子もありません。そこで私もしまい・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・そして私もまた、そこの蜜豆が好きで、というといかにもだらしがないが、とにかくその蜜豆は一風変っていて氷のかいたのをのせ、その上から車の心棒の油みたいな色をした、しかし割に甘さのしつこくない蜜をかぶせて仲々味が良いので、しばしば出掛け、なんや・・・ 織田作之助 「大阪発見」
一 独楽が流行っている時分だった。弟の藤二がどこからか健吉が使い古した古独楽を探し出して来て、左右の掌の間に三寸釘の頭をひしゃいで通した心棒を挾んでまわした。まだ、手に力がないので一生懸命にひねっても、独楽・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・この広瀬さんは一時は小竹の家に身を寄せていたこともあり、お力なぞもこの人に就いて料理というものに眼が開いたくらいだから、そういう人が心棒になっての食堂なら、あるいは成り立ちもするかとお三輪にも思われた。「それにしても、小竹の店はどうなる・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・で小田原の被害を見て歩いたとき、とある海岸の小祠で、珍しく倒れないでちゃんとして直立している一対の石燈籠を発見して、どうも不思議だと思ってよく調べてみたら、台石から火袋を貫いて笠石まで達する鉄の大きな心棒がはいっていた。こうした非常時の用心・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・ 雲がすっかり消えて、新らしく灼かれた鋼の空に、つめたいつめたい光がみなぎり、小さな星がいくつか連合して爆発をやり、水車の心棒がキイキイ云います。 とうとう薄い鋼の空に、ピチリと裂罅がはいって、まっ二つに開き、その裂け目から、あやし・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・ 眼をつぶって三本通って居る電線の歎く声をきき車の心棒のきしむ音をきいた。 ―――― 老車夫はまた何かつぶやいた。 そのわけのわからないつぶやきは私の心のそこのそこからおびやかされた。 ――ちゃーあん―― 私は私の車・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・その仕組みについて考えるとき、彼女は若々しい人生への意欲と愛とにもえればもえるほど、ほかならない自身の肩に、しっかりうけとめて推してゆかなければならない、労働者階級の勝利への心棒があることを感じるだろう。けなげで忍耐づよいアサの知らなかった・・・ 宮本百合子 「文学と生活」
出典:青空文庫