・・・自分の後継者であるべきものに対してなんとなく心置きのあるような風を見せて、たとえば懲しめのためにひどい小言を与えたあとのような気まずい沈黙を送ってよこした。まともに彼の顔を見ようとはしなかった。こうなると彼はもう手も足も出なかった。こちらか・・・ 有島武郎 「親子」
・・・一緒に飲んでいるものが利害関係のないのも彼れには心置きがなかった。彼れは酔うままに大きな声で戯談口をきいた。そういう時の彼れは大きな愚かな子供だった。居合せたものはつり込まれて彼れの周囲に集った。女まで引張られるままに彼れの膝に倚りかかって・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・しかしてヒヤシンスのように青いこの子の目で見やられると、母の美しい顔は、子どもと同じな心置きのない無邪気さに返って、まるで太陽の下に置かれた幼児のように見えました。「ここで私は天国の事などは歌うまい。しかしできるなら何かこの二人の役にた・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・而もこの声楽家は、許嫁との死別の悲しみに堪えずしてその後間もなく死んでしまったが、許嫁の妹は、世間の掟に従って、忌の果てには、心置きなく喪服を脱いだのであった。 これは、私の文章ではありません。辰野隆先生訳、仏人リイル・アダン氏の小話で・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ 娘に会わなくなってから十日ほどたって仙二は又お婆さんの家へ行った。 心置きなくお婆さんはいろいろの事を話しながら、 御隠居さんも淋しがってねえ、今も私が行って来たので―― お嬢さんが東京にお帰んなさったのでねえ・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・単に会合というような機会だけに限らず、お互が心置きなく雑談できるような小さいグループもできれば結構だと思います。私など小説を書いているというだけで、文壇的な交際というものは殆んどありません。女の人では野上さんとか、網野さんとかいう方がありま・・・ 宮本百合子 「十年の思い出」
・・・ けれども私は、若し御ゆるし下さいますならば、いつまでもいつまでも心置きなく物を申しあげられる人になりとうございます。 どうぞ私が気まぐれで申しあげるのでない事をお信じ下さいませ。 お休み遊ばせ、よいお夢を。 あしたお日様が・・・ 宮本百合子 「たより」
・・・どちらにしても、土曜の晩は心置きなく悠くり愉しむ時として、忙しい週日の中から取除にされています。日曜は十一時頃から教会に行き、昼餐は料理店ですませて市外の公園にゴルフをしに行ったり夫婦で夕暮まで郊外の野道を植物採集に逍遙する。 家に帰っ・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
出典:青空文庫