・・・われわれはドウしても学問をしなければならぬ、ドウしてもわれわれは青年に学問をつぎ込まねばならぬ、教育をのこして後世の人を誡しめ、後世の人を教えねばならぬというてわれわれは心配いたします。もちろんこのことはたいへんよいことであります。それでも・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・三人の娘らは、当時のように笑いもせずに、いずれも心配そうな顔つきをしていました。やがて父親は、なにかいって金庫の方を指さしました。するといちばん年上の娘が、その金庫の方に歩いていって、そのとびらを開けました。そして中から、たくさんの金貨を盛・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・だが、金さんの身になりゃ年寄りでも附けとかなきゃ心配だろうよ、何しろ自分は始終留守で、若い女房を独り置いとくのだから……なあお光、お前にしたって何だろう、亭主は年中家にいず、それで月々仕送りは来て、毎日遊んで食って寝るのが為事としたら、ちょ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ほっとしたが、同時に夜が心配になりだした。夜になれば、また雨戸が閉って、あの重く濁った空気を一晩中吸わねばならぬのかと思うと、痩せた胸のあたりがなんとなく心細い。たまらなかった。 夜雨戸を閉めるのはいずれ女中の役目だろう故、まえもってそ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・と、お婆さんは私の尋常でない様子を見て、心配そうに言った。「おやじが死んだんだそうです……おやじが死んだんだそうです」と、私は半分泣声で繰返した。「とにかくあいつらを呼んでこなくては……」 私は突嗟に起ちあがって、電報を握ったま・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・彼は道々、町の名前が変わってはいないかと心配しながら、ひとに道を尋ねた。町はあった。近づくにつれて心が重くなった。一軒二軒、昔と変わらない家が、新しい家に挾まれて残っていた。はっと胸を衝かれる瞬間があった。しかしその家は違っていた。確かに町・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・ッて』 右の始末に候間小生もついに『おしゃべり』のあだ名を与えてもはや彼の勝手に任しおり候 おしゃべりはともかくも小供のためにあの仲のよい姑と嫁がどうして衝突を、と驚かれ候わんかなれど決してご心配には及ばず候、これには奇々妙々の理由・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・二十五歳まで学生時代全然チャンスがなくっても心配することはない。ましてそんなことはあり得ないことだ。恋愛のチャンス、女を知る機会にこと欠くようなことは絶対にない。ヴィナスが自分の番をかえりみてくれる摂理を待つべきだ。学生の場合早すぎるのは危・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・あとから来た通訳が朝鮮語で何か云った。心配することはない。じいっと向うを見て、真直に立っていろ、と云ったのであった。しかし老人は、恐怖と、それが嘘であることを感じていた。彼は鼻も口も一しょになってしまうような泣き面をした。「俺は殺され度くな・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・自分の軽視されたということよりも、夫の胸の中に在るものが真に女わらべの知るには余るものであろうと感じて、なおさら心配に堪えなくなったのである。 格子戸は一つ格子戸である。しかし明ける音は人々で異る。夫の明けた音は細君の耳には必ず夫の明け・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
出典:青空文庫