・・・「いや、贅沢といえば贅沢だが、しかしこりゃ僕の必需品なのだよ。珈琲はともかく、煙草がないと、一行も書けないんだからね。その代り、酒はやめた。酒は仕事の邪魔になるからね」「仕事を大事にする気はわかるが、仕事のために高利貸に厄介になると・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・、とにかく一家はそのつもりになって、穴を掘って食料を埋めたり、また鍋釜茶碗の類を一揃、それから傘や履物や化粧品や鏡や、針や糸や、とにかく家が丸焼けになっても浅間しい真似をせずともすむように、最少限度の必需品を土の中に埋めて置く事にした。・・・ 太宰治 「薄明」
・・・米、味噌、茶わん、箸、飯櫃のような、われわれの生命の維持に必需な材料器具でもない。衣服や住居の成立に欠くべからざる品物ともちがう。それかといって棺桶や位牌のごとく生活の決算時の入用でもない。まずなければないでも生きて行くだけにはさしつかえは・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・何かしらこの虫の生存に必需な生理的要求のために本能的にかじると考える外はないように思われる。 こんな疑問を起こしているうちに、妙なことを聯想した。 われわれが小学校中学校高等学校を経て大学を卒業するまでの永い年月の間に修得したはずの・・・ 寺田寅彦 「鉛をかじる虫」
・・・京都にいる貴族の所有地である荘園とそこの住民は荘園の主にまかされて、すべての生活必需品を現物で京都の貴族たちに収めなければならなかった。あらゆる貴重な織物もこうして荘園の女の努力からつくられた。藤原時代というと十二単衣ばかりを思いおこすけれ・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・その頃から、本年八月迄、十四年の間、日本の婦人運動は辛うじて母子保護法を通過させたのみで、炭鉱業者が戦時必需の名目で婦人の坑内深夜業復活を要求したのに対し、何の防衛力ともなり得なかった。婦人の政治参加の問題どころか、戦争に熱中した政府は戦争・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・ときめて、金を銀行、郵便局へ封鎖し、生きるために欠くことの出来ない生活必需費を、グイ、グイとつり上げている。私たちが、自分たちの頸のまわりで繩が段々締って行くように感じるのが、間違っているだろうか。 封鎖された金は、人民生活の改善のため・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・米、味噌、醤油のような生活必需物資の値段は、私たちが使えるお金に制限をうけてから、グッと三倍に上りました。勤めにゆくため、学校へゆくため、是非乗らなければならない省線、都電、バスなど、交通費もみんな三倍になりました。今の配給だけで、やって行・・・ 宮本百合子 「幸福のために」
・・・学問は、本はプロレタリアート、農民、一般勤労者の日常必需品だ。その階級的武器を、出来るだけ正確に、出来るだけたやすく、みんなの手に渡らせよう! そういう積極的な意志がありあり感じられた。――文盲は勤労者の恥だ―― 大体、・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・キャバレーの床にシャンペンが流れ、高価な贅沢品はとぶように売れているのに、生活必需品の売れあしは、きわめてわるい、といっておりました。 天幕村の師走の夜に、つめたい青い月かげがさし、百万円の宝くじに当った人、一番ちがいで当らなかった人。・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
出典:青空文庫