・・・が、小学校へはいったころからいつか画家志願に変っていた。僕の叔母は狩野勝玉という芳崖の乙弟子に縁づいていた。僕の叔父もまた裁判官だった雨谷に南画を学んでいた。しかし僕のなりたかったのはナポレオンの肖像だのライオンだのを描く洋画家だった。・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・ そこで私生児志願者が続々と輩出しそうな今後の形勢に鑑みて、僕のようにとてもろくな私生児にはなれそうもないものは、まず観念の眼を閉じて、私の属するブルジョアの人々にもいいかげん観念の眼を閉じたらどうだと訴えようというのだ。絶望の宣言と堺・・・ 有島武郎 「片信」
・・・一人は、今は小使を志願しても間に合わない、慢性の政治狂と、三個を、紳士、旦那、博士に仕立てて、さくら、というものに使って、鴨を剥いで、骨までたたこうという企謀です。 前々から、ちゃら金が、ちょいちょい来ては、昼間の廻燈籠のように、二階だ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 二葉亭の頭は根が治国平天下の治者思想で叩き上げられ、一度は軍人をも志願した位だから、ヒューマニチーの福音を説きつつもなお権力の信仰を把持して、“Might is right”の信条を忘れなかった。貴族や富豪に虐げられる下層階級者に同情・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・ 南方で日本語を教えるには標準語が話せなくてはならない、しかし自分は三年間東京にいたからその点は大丈夫だと、道子はわざわざ東京の学校へ入れてくれた姉の心づくしが今更のように思い出された。 志願書を出して間もなく選衡試験が行われる。そ・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・頓て浮世の隙が明いて、筐に遺る新聞の数行に、我軍死傷少なく、負傷者何名、志願兵イワーノフ戦死。いや、名前も出まいて。ただ一名戦死とばかりか。兵一名! 嗟矣彼の犬のようなものだな。 在りし昔が顕然と目前に浮ぶ。これはズッと昔の事、尤もな、・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・曹長は現役志願をして入営した。曹長にしては、年の若い男だった。話し振りから、低級な立身出世を夢みていることがすぐ分った。彼は、何だ、こんな男か、と思った。 二人が話している傍へ、通訳が、顔の平べったい、眉尻の下っている一人の鮮人をつれて・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・夜中の二時頃、俺が集合場に馳せつけると、志願兵上りの少尉が見つけてガミガミ云う。「みな、一時に集まって、任務についているんですぞ!」「一体、どういう状勢なんですか?」俺は、ワクワクしていた。「そんなこと、訊ねなくッてよろしい! 命令・・・ 黒島伝治 「防備隊」
・・・ 自分からシベリアへ志願をして来た福田という男があった。福田は露西亜語が少し出来た。シベリアへ露西亜語の練習をするつもりで志願して来たのであった。一種の図太さがあって、露西亜人を相手に話しだすと、仕事のことなどそっちのけにして、二時間で・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・もっと若くて、この脚気という病気さえ無かったら、私は、とうに志願しています。 私は行きづまってしまいました。具体的な理由は、申し上げません。私は、あなたの「華厳」を読み、その興奮から、二十年間の抑制を破り、思い切って手紙を書いたと前に申・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫