・・・ 考えて見ると、それから一年位経つか経たないうちに、外国語学校教授で、英国官憲の圧迫に堪えかねて自殺したという、印度人のアタール氏を始めて見たのがその周旋屋の、妙に落付かない応接所であった。 今顧ると、丁度その夏は、貸家払底の頂上で・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・ 百貨店の娘さんたちの朝から夕方店を閉じるまでの忙しさ、遑のない客との応接、心を散漫に疲れさせるそれらの条件を健全でない事情と見て、反対の解毒剤として、所謂落着いた古来の仕舞は健全と思われているのであろう。実際に百貨店の娘さんたちの動き・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・小さい木造洋館の石段から入った直ぐのところに在る応接室で待っていると、程なく二階から狭い階子を降りて一人の男の人が出て来た。体じゅうの線が丸く、頬っぺたがまるで赧い。着流しであった。紺足袋に草履ばきで近づき、少し改った表情で挨拶された。・・・ 宮本百合子 「狭い一側面」
・・・ そこで本屋はあれこれを風呂敷につつんで行って見たところが、そこは新築したばかりの邸宅で、西洋間の応接室に堂々たる書架がついている。が、そこが空っぽで入れるものがないからという注文であったことが判明した。 本屋は早速見つくろって幾通・・・ 宮本百合子 「見つくろい」
・・・そして興行師に、「少し応接所で待っていて下さい」と云った。 興行師の出て行った跡で、二人は腰を掛けた。 ロダンは久保田の前に烟草の箱を開けて出しながら、花子に、「マドモアセユの故郷には山がありますか、海がありますか」と云った。 ・・・ 森鴎外 「花子」
・・・どこを今までうろつき廻って来たものやら、と、梶は応接室である懐しい明るさに満たされた気持で、青年と対いあった。高田は梶に栖方の名を云って初対面の紹介をした。 学帽を脱いだ栖方はまだ少年の面影をもっていた。街街の一隅を馳け廻っている、いく・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫