・・・こはトック君を知れるものにはすこぶる自然なる応酬なるべし。 答 自殺するは容易なりや否や? 問 諸君の生命は永遠なりや? 答 我らの生命に関しては諸説紛々として信ずべからず。幸いに我らの間にも基督教、仏教、モハメット教、拝火教等・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・僕自身もこんなことは一度言っておけばいいことで、こんなことが議論になって反覆応酬されては、すなわち単なる議論としての議論になっては、問題が問題だけに、鼻持ちのならないものになると思っている。しかし兄に僕の近況を報ずるとなると、まずこんなこと・・・ 有島武郎 「片信」
・・・かつ天下国家の大問題で充満する頭の中には我々閑人のノンキな空談を容れる余地はなかったろうが、応酬に巧みな政客の常で誰にでも共鳴するかのように調子を合わせるから、イイ気になって知己を得たツモリで愚談を聴いてもらおうとすると、忽ち巧みに受流され・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 社交的応酬は余り上手でなかったが、慇懃謙遜な言葉に誠意が滔れて人を心服さした。弁舌は下手でも上手でもなかったが話術に長じていて、何でもない世間咄をも面白く味わせた。殊に小説の梗概でも語らせると、多少の身振声色を交えて人物を眼前に躍出さ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・初対面の時、じいさんとばあさんとは、相手の七むずかしい口上に、どう応酬していゝか途方に暮れ、たゞ「ヘエ/\」と頭ばかり下げていた。それ以来両人は大佐を鬼門のように恐れていた。 またしても、むずかしい挨拶をさせられた。両人は固くなって、ぺ・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・蟻が塔を造るような遅たる行動を生真面目に取って来たのであるから、浮世の応酬に疲れた皺をもう額に畳んで、心の中にも他の学生にはまだ出来ておらぬ細かい襞が出来ているのであった。しかし大学にある間だけの費用を支えるだけの貯金は、恐ろしい倹約と勤勉・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ この驚愕は自分をして当面の釣場の事よりは自分を自分の心裏に起った事に引付けたから、自分は少年との応酬を忘れて、少年への観察を敢てするに至った。 参った。そりゃそうだった。何もお前遊びとは定まっていなかったが……と、ただ無意識で・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・どうも東北人は、こんな時、猿も筆のあやまりなんて、おどけた軽い応酬が出来なくて困るよ。 事実、どうにも目ざわりだったのだ。ツネちゃんは僕たちが射撃をはじめると、たいてい標的のあたりにうろうろしていて、弾を拾ったり、標的の位置を直したりす・・・ 太宰治 「雀」
・・・門豪戸競うて之を玩味し給うとは雖も、その趣旨たるや、みだりに重宝珍器を羅列して豪奢を誇るの顰に傚わず、閑雅の草庵に席を設けて巧みに新古精粗の器物を交置し、淳朴を旨とし清潔を貴び能く礼譲の道を修め、主客応酬の式頗る簡易にしてしかもなお雅致を存・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・佐野君にしては上乗の応酬である。「水が濁ったのかしら。」令嬢は笑わずに、低く呟いた。 じいさんは、幽かに笑って、歩いている。「どうして旗を持っているのです。」佐野君は話題の転換をこころみた。「出征したのよ。」「誰が?」・・・ 太宰治 「令嬢アユ」
出典:青空文庫