・・・まして品行の噂でも為て、忠告がましいことでも言おうものなら、母は何と言って怒鳴るかも知れない。妻が自分を止めたも無理でない。「学校の先生なんテ、私は大嫌いサ、ぐずぐずして眼ばかりパチつかしているところは蚊を捕え損なった疣蛙みたようだ」と・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・に私の上来のいましめはイデアリストに現実的心得を説くよりも、むしろリアリストに理想的純情を鼓吹することをもって主眼としてきたものだけに、現実生活においてなるべく傷を受けないように損をしないようにという忠告は乏しいのだ。実際イデアリストの道は・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・だからさ、それを僕が君に忠告してやる。何か為て、働いて、それから頼むという気を起したらば奈何かね。」「はい。」と、男は額に手を宛てた。「こんなことを言ったら、妙な人だと君は思うかも知れないが――」と自分は学生生活もしたらしい男の手を・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・先輩らしい忠告なんて、いやらしい偽善だ。ただ、見ているより外は無い。 死ぬ気でものを書きとばしている男。それは、いまのこの時代に、もっともっとたくさんあって当然のように私には感ぜられるのだが、しかし、案外、見当たらない。いよいよ、くだら・・・ 太宰治 「織田君の死」
・・・という下手な忠告を試みた。彼は、ふんと笑って、いや有難う、と言った。大隅君が渡支して五年目、すなわち今年の四月中旬、突然、彼から次のような電報が来た。 ○オクツタ」ユイノウタノム」ケツコンシキノシタクセヨ」アスペキンタツ」オオスミチユウ・・・ 太宰治 「佳日」
・・・それは、私の訪問客ではなく、つねに私のふしだらの、真実の唯一の忠告者であるのだが、その親友は、また、私よりも、ずっとひどい貧乏で、洋服一着あるにはあるけれど、たいていかれの手許にはない。よそにあずけてあるのだ。私は三十円を持って、かの友人の・・・ 太宰治 「花燭」
・・・老子の忠告を聞流しているために恐ろしい怪我や大きな損をした個人や国家は歴史のどの頁にもいっぱいである。 桃太郎や猿蟹合戦のお伽噺でさえ危険思想宣伝の種にする先生方の手にかかれば老子はもちろん孔子でも孟子でも釈尊でもマホメットでもどのよう・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・まだ巴里にあった頃わたくしは日本の一友人から、君は頻にフロオベルを愛読しているが、君の筆はむしろドーデを学ぶに適しているようだ、と忠告されたこともあった。二葉亭の『浮雲』や森先生の『雁』の如く深刻緻密に人物の感情性格を解剖する事は到底わたく・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・こうもしたらもっと評判が好くなるだろう、ああもしたらまだ活計向の助けになるだろうと傍の者から見ればいろいろ忠告のしたいところもあるが、本人はけっしてそんな作略はない、ただ自分の好な時に好なものを描いたり作ったりするだけである。もっとも当人が・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・「痛いに違いないね。忠告してやろうか」「なんて」「よせってさ」「余計な事だ。それより幾日掛ったら、みんな抜けるか聞いて見ようじゃないか」「うん、よかろう。君が聞くんだよ」「僕はいやだ、君が聞くのさ」「聞いても好い・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫