・・・ただその職分を忠実に勤めただけか。そうでない! 彼はおおいなることをしている。彼の弟が二人あって、二人とも彼の兄、逃亡した兄に似て手に合わない突飛物、一人を五郎といい、一人を荒雄という、五郎は正作が横浜の会社に出たと聞くや、国元を飛び・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・とか、「汝の現在の態度について、汝自身に忠実であり得るように態度をとれ」とかいい得るのみである。すなわち人間のあらゆる積極的な意欲はことごとく、道徳の実質であって道徳律はその意欲そのものを褒貶するのでなく、その意欲間の普遍妥当なる関係をきめ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・普通妥当の真理への忠実公正というだけでなく、同時代への愛、――実にそのためにニイチェのいわゆる没落を辞さないところの、共存同胞のための自己犠牲を余儀なくせしめらるる「熱き腸」を持たねばならない。彼は永遠の真理よりの命令的要素のうながしと、こ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・そして自分の出来るだけ忠実に働いて、叔父が我が挙動を悦んでくれるのを見て自分も心から喜ぶ余りに、叔母の酷さをさえ忘れるほどであった。それで二度までも雁坂越をしようとした事はあったのであるが、今日まで噫にも出さずにいたのであった。 ただよ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・内儀「そんな事を云っていらしっては困ります、何処へでも忠実にお歩きあそばせば、御贔屓のお方もいかいこと有りまして来い/\と仰しゃるのにお出でにもならず、実に困ります、殊に日外中度々お手紙をよこして下すった番町の石川様にもお気の毒様で、食・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・日下部といって塾のためには忠実な教員も出来たし、洋画家の泉も一週に一日か二日程ずつは小県の自宅の方から通って来てくれる。しかし以前のような賑かな笑い声は次第に減って行った。皆な黙って働くように成った。 教員室は以前の幹事室兼帯でも手狭な・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・この私が、あなたの一番忠実な息子が?」と大声に苦情を叫びながら、彼はゼウスの玉座の前に身を投げた。「勝手に夢の国で、ぐずぐずしていて、」と神はさえぎった。「何も俺を怨むわけがない。お前は一体何処にいたのだ。皆が地球を分け合っているとき。」詩・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・彼は、その衝動を抑制して旅に出なかった時には、自己に忠実でなかったように思う。自己を欺いたように思う。見なかった美しい山水や、失われた可能と希望との思いが彼を悩ます。よし現存の幸福が如何に大きくとも、この償い難き喪失の感情は彼に永遠の不安を・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・アインシュタイン自身の言葉として出ている部分はなるべく忠実に訳するつもりである。これに対する著者の論議はわざと大部分を省略するが、しかし彼の面目を伝える種類の記事は保存することにする。 アインシュタインはヘルムホルツなどと反対で講義のう・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・どこまでも忠実に付従して来るはいいとしても、まさかに手洗い所までものそのそついて来られては迷惑を感じるに相違ない。 ニュートンの光学が波動説の普及を妨げたとか、ラプラスの権威が熱の機械論の発達に邪魔になったとかという事はよく耳にする事で・・・ 寺田寅彦 「案内者」
出典:青空文庫