・・・ 二、本当に人間の小怜悧さ以上のものの力が宇宙に充満していると直感した心の素直さ謙遜さ、無慾さ、それによって他人の欠乏苦痛を正直に考慮し助力しようとする智慧。〔一九二三年十一月〕・・・ 宮本百合子 「廃したい弊風と永続させたい美風」
・・・ 彼等は、外から見ては一点非のうちどころのないばかりか、その怜悧らしい、訓練のある挙止は快いものです。けれども、彼等の母ロザリーは、暫く彼等と朝夕を倶にして見ると、いくら食べても満足することのない見事な料理を押しつけられているような奇怪・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・桃子のそういう態度は大変怜悧なようで、その実自分の心持を見守る手数をどこかで省いているか、投げているかのように感じられるのである。 音楽も抜群であるし、絵をかかせればやはり目をひくだけの才気を示し、人の心の動きを理解する力も平凡ではない・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・その感情で、都会の姿もここに見られるばかりではあるまいと鋭く思いいたる若い女は、数にしたらごく少数の怜悧な人々だけであろうと思う。田舎での女の暮しの楽しみ少なさばかりが際立って顧みられ、都ぶりに好奇心や空想を刺戟され、カフェーの女給の生活で・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
・・・白居易の亡くなった宣宗の大中元年に、玄機はまだ五歳の女児であったが、ひどく怜悧で、白居易は勿論、それと名を斉ゅうしていた元微之の詩をも、多く暗記して、その数は古今体を通じて数十篇に及んでいた。十三歳の時玄機は始て七言絶句を作った。それから十・・・ 森鴎外 「魚玄機」
・・・「甚五郎は怜悧な若者で、武芸にも長けているそうな。手に合うなら、甘利を討たせい」こう言い放ったまま、家康は座を起った。 望月の夜である。甲斐の武田勝頼が甘利四郎三郎を城番に籠めた遠江国榛原郡小山の城で、月見の宴が催されている。大・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
・・・それが決して人を馬鹿にしたような微笑ではない。怜悧で何もかも分かって、それで堪忍して、おこるの怨むのと云うことはしないと云う微笑である。「あの、笑靨よりは、口の端の処に、竪にちょいとした皺が寄って、それが本当に可哀うございましたの」と、お金・・・ 森鴎外 「心中」
・・・性質は一度逢ひしのみにて何とも申されず候へども、怜悧なることは慥かに候。ただ一つ不思議に思はれしは、茶店に憩ひて一時間ばかりもゐたるに、富子さんは一度も笑はざりし事に候。丁度西洋人の一組同じ茶店にゐて、言語通ぜざるため、色々をかしき事などあ・・・ 森鴎外 「独身」
・・・破産の噂が、殆ど別な世界に栖息していると云って好い僕なんぞの耳に這入る位であるから、怜悧らしいあの女がそれに気が附かずにいる筈はない。なぜ死期の近い病人の体を蝨が離れるように、あの女は離れないだろう。それに今の飾磨屋の性質はどうだ。傍観者で・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・主人は四十を越した寡婦で、狆を可哀がっている。怜悧で、何の話でも好くわかる。私はF君をこの女の手に托したのである。 ―――――――――――― 私がF君に多少の心当があると云ったのは、丁度その頃小倉に青年の団体があって・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫