・・・その素質に於いては稀に見る詩人であり、思想家であった、北村君の惜む可き一生は斯うして終った。 北村君は明治元年に小田原で生れた人だ。阿父さんは小田原の士族であった。まだ小さな時分に、両親は北村君を祖父母の手に託して置いて、東京に出た。北・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・それが愛嬌だった時代もあったのですが、今では外国の思想家も芸術家も、自分たちの行く路に就いて何一つ教えてはくれません。敗北を意識せず、自身の仕事に幽かながらも希望を感じて生きているのは、いまは、世界中で日本の芸術家だけかも知れない。仕合せな・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・それゆえ私は、色さまざまの社会思想家たちの、追究や断案にこだわらず、私一個人の思想の歴史を、ここに書いて置きたいと考える。 所謂「思想家」たちの書く「私はなぜ何々主義者になったか」などという思想発展の回想録或いは宣言書を読んでも、私には・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・と私は軽く眼をつぶり、あれこれと考えをまとめる振りして、やがて眼をひらき、中々きざな口調で、「法律も制度も風俗も、昔から、ちっとは気のきいた思想家に、いつでも攻撃され、軽蔑されて来たものだ。事実また、それを揶揄し皮肉るのは、いい気持のものさ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・真理を追究して闘った天才たちは、ことごとく自由思想家だと言える。わしなんかは、自由思想の本家本元は、キリストだとさえ考えている。思い煩うな、空飛ぶ鳥を見よ、播かず、刈らず、蔵に収めず、なんてのは素晴らしい自由思想じゃないか。わしは西洋の思想・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・J・M・マリイという人は、ヨーロッパの一流の思想家の由であるが、その「キリスト伝」には、こと新しい発見も無い。聖書を一度、情熱を以て精読した人なら、誰でも知っている筈のものを、ことごとしく取扱っているだけであった。この程度の「キリスト伝」が・・・ 太宰治 「世界的」
・・・科学者は落ち着いて自然を見もしないで長たらしい数式を並べ、画家はろくに自然を見もしないでいたずらにきたならしい絵の具を塗り、思想家は周囲の人間すらよくも見ないでひとりぎめのイデオロギーを展開し、そうして大衆は自分の皮膚の色も見ないでこれに雷・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・科学者は落着いて自然を見もしないで長たらしい数式を並べ、画家はろくに自然を見もしないで徒に汚らしい絵具を塗り、思想家は周囲の人間すらよくも見ないで独りぎめのイデオロギーを展開し、そうして大衆は自分の皮膚の色も見ないでこれに雷同し、そうして横・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・科学者には科学上の迷信があり、思想家には思想上の迷信がある。迷信でたちの悪いのは国を亡し民族を危うくするのもあり、あるいは親子兄弟を泣かせ終には我身を滅ぼすのがいくらでもある。しかし千人針にはそんな害毒を流す恐れは毛頭なさそうである。戦地の・・・ 寺田寅彦 「千人針」
・・・ そうした田舎の塵塚に朽ちかかっている祖先の遺物の中から新しい生命の種子を拾い出す事が、為政者や思想家の当面の仕事ではあるまいかという気もする。 寺田寅彦 「田園雑感」
出典:青空文庫