・・・大理想も大思潮も、タカが知れてる。そんな時代になったんですよ。僕は、いまでは、エゴイストです。いつのまにやら、そうなって来ました。菊代の事は、菊代自身が処理するでしょう。僕たち二十代の者は、或る点では、あなたたちよりもずっと大人かも知れませ・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・『明星』にあこがれた青年、なかばロマンチックで、ファンタスチックで、そしてまだ新しい思潮には到達しない青年の群れ――その群れを描くことについては、私にとって非常な困難があった。中学時代のかれの初恋、つづいて起こった恋愛事件、それがのみ込めな・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・市井の流行風俗、生活状態のようなものはもちろん、いろいろな時代思潮のごときものでも、すぐれた作者の鋭利な直観の力で未然に洞察されていた例も少なくないであろう。未来の可能性は、それがどんなに現在の凡人に無稽に見えても実は現在の可能性のほんのわ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・このチキンライスの話と輪飾りの話には現代思潮の反映がある。 そうかと思うとまたある日本食堂で最近代的な青年二人と少女二人の一行が鯛茶を注文していたが、それが面前に搬ばれたときにこの四人の新人は、胡麻味噌に浸された鯛の繊肉を普通のおかずの・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 現在の科学の基礎方則を疑うのは危険であっても、社会主義が国家主義に危険であったり青年の思潮が老人に危険であるのとは趣を異にする。この説明は歴史がしてくれるのである。プトレミー派の学者は地球を不動と考えて、太陽は勿論其の他の遊星も皆その・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・わたくしが人より教えられざるに、夙く学生のころから『帰去来の賦』を誦し、また『楚辞』をよまむことを冀ったのは、明治時代の裏面を流れていた或思潮の為すところであろう。栗本鋤雲が、門巷蕭条夜色悲 〔門巷は蕭条として夜色悲しく声在月前・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・ 現代思潮の変遷はその迅速なること奔流もただならない。旦に見て斬新となすもの夕には既に陳腐となっている。槿花の栄、秋扇の嘆、今は決して宮詩をつくる詩人の間文字ではない。わたしは既に帝国劇場の開かれてより十星霜を経たことを言った。今日この・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・彼に好意をもって見られた『新思潮』は久米、芥川その他の赤門出身の文学者であった。けれども、漱石は大学の教授控室になじめなかった。「大学の学問」について疑問を抱いていた。博士号をおくられたときは、それをことわった。 日本の戸籍と、公文書か・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・同時に『新思潮』という文学雑誌を中心に芥川龍之介が「鼻」「羅生門」などを発表し、菊池寛が「無名作家の日記」を発表したりした時代であった。婦人作家として、野上彌生子が「二人の小さきヴァガボンド」を発表し、ヨーロッパ風な教養と中流知識人の人道的・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
・・・ 明治、大正と徐々に成熟して来た日本の文学的諸要素が、世相の急激な推移につれて振盪され、矛盾を露出し、その間おのずから新たな文芸思潮の摸索もあって、今日はまことに劇しい時代である。日本に於てはロマンチシズムが今日どういう役割を果している・・・ 宮本百合子 「意味深き今日の日本文学の相貌を」
出典:青空文庫