・・・だからこんどの急死も武田さんが飛ばしたデマじゃないかと、ふと思ってみたりする。 死因は黄疸だったときく。黄疸は戦争病の一つだということだ。新大阪新聞に連載されていた「ひとで」は武田さんの絶筆になってしまったが、この小説をよむと、麹町の家・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・それが、私への一言の言葉もなく、急死した。私は、恥ずかしく思う。私の愛情の貧しさを恥ずかしく思うのである。おのれの愛への自惚れを恥ずかしく思うのである。その友人は、その御両親にさえ、一ことも、言わなかった。私でさえこんなに恥ずかしいのだから・・・ 太宰治 「思案の敗北」
・・・一月三十日、父の急死によって葬儀のために仮出獄した。二月。二月二十六日事件を裁判所で知った。小使がつい、予審判事に戒厳令という言葉を言ったために。三月。下旬、予審終結。ひどく健康を害していたために市ヶ谷からじかに慶応大学病院に入・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・死相をそのまま現わしたような翁や姥の面はいうまでもなく、若い女の面にさえも急死した人の顔面に見るような肉づけが認められる。能面が一般に一味の気味悪さを湛えているのはかかる否定性にもとづくのである。一見してふくよかに見える面でも、その開いた眼・・・ 和辻哲郎 「能面の様式」
・・・だからその肉づけの感じは急死した人の顔面にきわめてよく似ている。特に尉や姥の面は強く死相を思わせるものである。このように徹底的に人らしい表情を抜き去った面は、おそらく能面以外にどこにも存しないであろう。能面の与える不思議な感じはこの否定性に・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫