・・・何でも個性を発揮しなければ気が済まないのが椿岳の性分で、時偶市中の出来合を買って来ても必ず何かしら椿岳流の加工をしたもんだ。 なお更住居には意表外の数寄を凝らした。地震で焼けた向島の梵雲庵は即ち椿岳の旧廬であるが、玄関の額も聯も自製なら・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・一体私自身は性質として初めて会った人に対しては余り打ち解け得ない、初めての人には二、三十分以上はとても話していられない性分である。ところが、どうした事か、夏目さんとは百年の知己の如しであった。丁度その時夏目さんは障子を張り代えておられたが、・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・私は、うそをいったり、偽ったりすることができぬ性分です。病気になって苦しんでいる人たちに、わかりもしないめったのものをやれましょうか。いまは、人をだましても悪いと思わなければ、飲んでその薬がきかなくて死んでも、毒にさえならなければかまわぬと・・・ 小川未明 「手風琴」
・・・主人は小柄な風采の上らぬ人で、板場人や仲居に指図する声もひそびそと小さくて、使っている者を動かすよりもまず自分が先に立って働きたい性分らしく、絶えず不安な眼をしょぼつかせてチョコチョコ動き、律儀な小心者が最近水商売をはじめてうろたえているよ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・酒をのむと気が大きくなり、ふらふらと大金を使ってしまう柳吉の性分を知っていたので、蝶子はヒヤヒヤしたが、売物の酒とあってみれば、柳吉も加減して飲んだ。そういう飲み方も、しかし、蝶子にはまた一つの心配で、いずれはどちらへ廻っても心配は尽きなか・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・「兄さんとは性分が違うというんでしょうね。僕にはとても兄さんのようには泰然としておれない。もっともそれでないと、小説なんかというものは考えられまいからなあ」「そうでもないさ。僕もこのごろはほとんど睡れないんだぜ。夜は怖いからでもある・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・』『少し風邪を引いて二日ばかり休みました』と自ら欺き人をごまかすことのできざる性分のくせに嘘をつけば、人々疑わず、それはそれはしかしもうさっぱりしたかねとみんなよりいたわられてかえってまごつき、『ありがとう、もうさっぱりとしました。・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・時、斯ういう事を言ったことがある「僕の知っている女でお正さんというのがあるが、容貌は十人並で、ただ愛嬌のある女というに過ないけれど、如何にも柔和な、どちらかと言えば今少しはハキハキしてもと思わるる程の性分で何処までも正直な、同情の深そうな娘・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ そのくせ生徒にも父兄にも村長にもきわめて評判のよいのは、どこか言うに言われぬ優しいところがあるので、口数の少ない代わりには嘘を言うことのできない性分、それは目でわかる、いつも笑みを含んでいるので。 嫁を世話をしよう一人いいのがある・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・持前の性分、間に合わして置くことが出来ず、朝から寝るまで心配の絶えないところへ、母と妹とが堕落の件。殊に又ぞろ母からの無理な申込で頭を痛めた故か、その夜は寝ぐるしく、怪しい夢ばかり見て我ながら眠っているのか、覚めているのか判然ぬ位であった。・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
出典:青空文庫