・・・ このような小動物の性情にすでに現われている個性の分化がまず私を驚かせた。物を言わない獣類と人間との間に起こりうる情緒の反応の機微なのに再び驚かされた。そうしていつのまにかこの二匹の猫は私の目の前に立派に人格化されて、私の家族の一部とし・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・には犯罪被疑者がその性情によって色々とその感情表示に差違のあることを述べ「拷問」の不合理を諷諌し、実験心理的な脈搏の検査を推賞しているなども、その精神においては科学的といわれなくはないであろう。「小指は高くゝりの覚」で貸借の争議を示談させる・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・そうして、人間の性情の型を判断する場合にこの方がむしろ手相判断などよりも、もっと遥かに科学的な典拠資料になりはしないかと想像される。 少なくも、真黒な指の痕をつけている人は、名札の汚れなどという事には全然無関心な人であるというくらいのこ・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・とかを意味し、またそういう性情をもつ人をさしていう言葉である。この二老人はたぶん自分の郷里の人でだれか同郷の第三者のうわさ話をしながら、そういう適切な方言を使ったことと想像される。 それはなんでもないことであるが、私がこの方言を聞いてび・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・笑う人は馬の名を知り馬の用を知り馬の性情形態を知れどもついに馬を知る事はできぬのである。馬を知らんと思う者は第一に馬を見て大いに驚き、次に大いに怪しみ、次いで大いに疑わねばならぬ。 寺院の懸灯の動揺するを見て驚き怪しんだ子供がイタリアピ・・・ 寺田寅彦 「知と疑い」
・・・ 二つの猫の性情の著しい相違が日のたつに従って明らかになって来た。三毛が食物に対してきわめて寡欲で上品で貴族的であるに対して、たまは紛れもないプレビアンでボルシェビキでからだ不相応にはげしい食欲をもっていた。三毛の見向きもしない魚の骨や・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ 大きな水槽に性情を異にするいろいろな種類の魚を雑居させたのがある。そこではもはやこうした行動の一致は望まれないと見えて右往左往の混乱が永久に繰り返されている。これでは魚が疲れてしまいはせぬかと思って気になるようである。 交通があま・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・異人種間の混血児は特別なる注意の下に養育されない限り、その性情は概して両人種の欠点のみを遺伝するものだというが、日本現代の生活は正しくかくの如きものであろう。 銀座界隈はいうまでもなく日本中で最もハイカラな場所であるが、しかしここに一層・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・これほどの骨折は、ただに病中の根気仕事としてよほどの決心を要するのみならず、いかにも無雑作に俳句や歌を作り上げる彼の性情から云っても、明かな矛盾である。思うに画と云う事に初心な彼は当時絵画における写生の必要を不折などから聞いて、それを一草一・・・ 夏目漱石 「子規の画」
・・・幾ら科学者が綿密に自然を研究したって、必竟ずるに自然は元の自然で自分も元の自分で、けっして自分が自然に変化する時期が来ないごとく、哲学者の研究もまた永久局外者としての研究で当の相手たる人間の性情に共通の脈を打たしていない場合が多い。学校の倫・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫