・・・自然の勢、もとより怪しむに足らず。その後、廃藩置県、法律改定、学校設立、新聞発行、商売工業の変化より廃刀・断髪等の件々にいたるまで、その趣を見れば、我が日本を評してこれを新造の一国と云わざるをえず。人あるいはこの諸件の変革を見て、その原因を・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・学生諸氏は決してこれを怪しむなかれ。吾々は諸氏の自尊自重を助成する者なり。 本塾に入りて勤学数年、卒業すれば、銭なき者は即日より工商社会の書記、手代、番頭となるべく、あるいは政府が人をとるに、ようやく実用を重んずるの風を成したらば、官途・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・に従て其交情を全うせんとするものなれば、所謂儒流の故老輩が百千年来形式の習慣に養われて恰も第二の性を成し、男尊女卑の陋習に安んじて遂に悟ることを知らざるも固より其処なり、文明の新説を聞て釈然たらざるも怪しむに足らずと雖も、今の新日本国には自・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ひとしく同一の徳教を奉じてその徳育を蒙る者が、人事の実際においてはまったく反対の事相を呈す。怪しむべきに非ずや。ひっきょう、徳教の働は、その国の輿論に妨なき限界にまで達して、それ以上に運動するを得ざるの実証なり。もしもこの限界を越ゆるときは・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・ 主人の内行修まらざるがために、一家内に様々の風波を起こして家人の情を痛ましめ、以てその私徳の発達を妨げ、不孝の子を生じ、不悌不友の兄弟姉妹を作るは、固より免るべからざるの結果にして、怪しむに足らざる所なれども、ここに最も憐れむべきは、・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・この点に就ては我輩も氏の事業を軽々看過するものにあらざれども、独り怪しむべきは、氏が維新の朝に曩きの敵国の士人と並立て得々名利の地位に居るの一事なり(世に所謂大義名分より論ずるときは、日本国人はすべて帝室の臣民にして、その同胞臣民の間に敵も・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・縁語及び譬喩 蕪村が縁語その他文字上の遊戯を主としたる俳句をつくりしは怪しむべきようなれど、その句の巧妙にして斧鑿の痕を留めず、かつ和歌もしくは檀林、支麦のごとき没趣味の作をなさざるところ、またもってその技倆を窺うに足る。縁・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・白熱した純一な動機から、無意味な、価値の怪しむべき常套を破る丈の心力が乏しい、その魂の無力を、率直に謙虚に承認し得ない虚栄心から構えた理論が私の心を苦しめます。「無為の聖」が、力の欠乏を装飾する用語になるべきではございません。人類の愛に・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・そこらを考えてみると、忠利が自分の癖を改めたく思いながら改めることの出来なかったのも怪しむに足りない。 とにかく弥一右衛門は何度願っても殉死の許しを得ないでいるうちに、忠利は亡くなった。亡くなる少し前に、「弥一右衛門奴はお願いと申すこと・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・そして、この怪しむべきことが何の怪しむべきことでもない、さっぱりしたこの場のただ一つの真実だった。排中律のまっただ中に泛んだ、ただ一つの直感の真実は、こうしていま梶に見事な実例を示してくれていて、「さア、どうだ、どうだ。返答しろ。」と梶に迫・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫