・・・のみならず窮状を訴えた後、恩恵を断るのは卑怯である。義理人情は蹂躙しても好い。卑怯者になるだけは避けなければならぬ。しかし金を借りることは、――少くとも金を借りたが最後、二十八日の月給日まで返されないことは確かである。彼は原稿料の前借などは・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・ * 道徳の与えたる恩恵は時間と労力との節約である。道徳の与える損害は完全なる良心の麻痺である。 * 妄に道徳に反するものは経済の念に乏しいものである。妄に道徳に屈するものは臆病ものか怠けものである。 ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・一度恐れざれば汝らは神の恩恵によりて心の眼さとく生れたるものなることを覚るべし」 クララは幾度もそこを読み返した。彼女の迷いはこの珍らしくもない句によって不思議に晴れて行った。そしてフランシスに対して好意を持ち出した。フランシスを弁・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 彼らは民衆を基礎として最後の革命を起こしたと称しているけれども、ロシアにおける民衆の大多数なる農民は、その恩恵から除外され、もしくはその恩恵に対して風馬牛であるか、敵意を持ってさえいるように報告されている。真個の第四階級から発しない思・・・ 有島武郎 「宣言一つ」
・・・この時エマソンはホイットマンに向かって恩恵の主たることを自負しうるものだろうか。ホイットマンに詩人がいなかったならば、百のエマソンがあったとしても、一人のホイットマンを創り上げることはできなかったのだ。ホイットマンは単に自分の内部にある詩人・・・ 有島武郎 「想片」
・・・の一部が修正された。博文館は少くも世間を騒がし驚かした一事に於て成功した。小生は此の「大家論集」の愛読者であった。小生ばかりでなく、当時の貧乏なる読書生は皆此の「大家論集」の恩恵を感謝したであろう。 博文館が此の揺籃地たる本郷弓町を離れ・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・それでこの人の生涯を初めから終りまで見ますと、「この宇宙というものは実に神様……神様とはいいませぬ……天の造ってくださったもので、天というものは実に恩恵の深いもので、人間を助けよう助けようとばかり思っている。それだからもしわれわれがこの身を・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ こうも言って、彼が他人の感情に鈍感で、他人の恩恵を一図に善意にのみ受取っている迂遠さを冷笑した。「ばか正直でずうずうしくなくてはできないことだ」細君は良人の性質をこうも判断した。「ばか言え、お前なぞに何が解る……」彼は平気を装って・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・われ之がために三度まで之を去らしめ給わんことを主に求めたるに、言いたまう、「わが恩恵なんじに足れり。わが能力は、弱きうちに全うせらるればなり。」然ればキリストの能力の我を庇わんために、寧ろ大いに喜びて我が微弱を誇らん。この故に我はキリストの・・・ 太宰治 「パウロの混乱」
・・・それでここではただ現在陸地測量部地形図の恩恵をこうむりながらそれを意識していない一般の読者に、そうした隠れた貢献者が一枚一枚の図葉の背後に存在することを指摘し注意を促すよりほかに道はない。 近年になってまた日本の陸地測量部は一つの新しい・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
出典:青空文庫