・・・頭を上げて見るものは悠久に青い空の色である。淋しく、西の空に沈んでゆく夕日に地平線の紅く色づく眺めである。草の葉が無心に風に吹かれて飛んでゆく小鳥の影の、いつしか見えなくなる、其黒い点ばかりである。 私は、田舎にゆくたびに、こういう静か・・・ 小川未明 「夕暮の窓より」
・・・のごときは元来実写を主題にしたものであろうが、軒のつららのものうい雫に悠久の悲しみを物語らせ、なべの中に溶け行く雪塊に運命の不思議を歌わせ、氷河の上に映る飛行機の影に山の高さを示揚させたりするのも他の例である。しかし写実を目的としない劇的映・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・しかしそれはじきに忘れてしまって世界はもとの悠久な静寂に帰る。ところが五時ごろになると奇妙な音が聞こえだす。まず病室の長い廊下のはるかに遠いかなたで時々カチャンと物を取り落としたような音がする、それから軽くパタ/\/\とたとえば草履で廊下を・・・ 寺田寅彦 「病院の夜明けの物音」
・・・ほんとに、時間は悠久であるが、ですね。でも、私のように欲ばると、いろいろへまをやって、どうやらこの頃は、時間というもののほとんど驚くべき性質=同じ三時間のつかいようで、生涯の仕事としての何かが加えられたり、全く空に消えたりすることの驚くべき・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・その悠久な真実さが落付いて人間の種々相を観て慾しゅうございます。 ――○―― 人が、物を観る時に、唯一不二な心に成って、その対象に対すると云う事は大切でございましょう。けれども此は、没我と申せましょうか。元より無我・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 今日の私たちの生活は、遙かに遠い遠い昨日からつづいたものであると同時に、悠久的な明日の希望へまでもつながったものであって、今日の生の意味は、時間的に過去と未来とをうけわたすばかりでなく、明日へ何かよりよきものを齎そうと願う人間の熱意の・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・けれども、これほど貧しい頭を持ち、これほど磨かれない魂の自覚に苦しめられながら、それを満たすために、輝やかせるために、自分は独りであらゆる破調に堪えて行かなければならないのか…… 彼女は実に悠久な悲哀に心を打たれた。 けれども・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ ただ、底抜けでない、筒抜けでは決してないという心強さが、じわじわと彼の心の核にまで滲みこみ、悠久な愛情が滾々と湧き出して、一杯になっていた苦しみを静かに押し流しながら、慎み深い魂全体に満ち溢れるのである。「何事もはあ真当なこった…・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・けれども、思想の上から見ると、これ等、殆ど悲劇的な離反の大部分は皆各自の生活を、悠久な人類の歴史的存続というところまで溯らせて考察する明に欠けているからと思われるのです。 多くの人間は永くて自分と子との一生ほか、生活意識の延長として持ち・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
出典:青空文庫