・・・ 温泉場のことゆえ病人も多く、はやりそうな気配が見えたので、一回二十銭の料金を三十銭に値上げしたが、それでも結構患者が集まった。「――どうです? 古座谷さん、この繁昌りようは、実際わしの思いつきには……」 さすがに驚きはしたが、・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・「小田のようなのは、つまり悪疾患者見たいなもので、それもある篤志な医師などに取っては多少の興味ある活物であるかも知れないが、吾々健全な一般人に取っては、寧ろ有害無益の人間なのだ。そんな人間の存在を助けているということは、社会生活という上から・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・吉田はいつか不眠症ということについて、それの原因は結局患者が眠ることを欲しないのだという学説があることを人に聞かされていた。吉田はその話を聞いてから自分の睡むれないときには何か自分に睡むるのを欲しない気持がありはしないかと思って一夜それを検・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・「軍医は、患者を癒すんじゃなくて、シベリアまで俺等を怒りに来とるようなもんだ。」 吉原は眼を据えてやりきれないというような顔をした。「おい、もう帰ろうぜ。」 安部が云った。 中隊の兵舎から、準備に緊張したあわただしい叫びや、・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ベッドには、一人の患者がいなくなると、また別の傷病者がそのあとへやって来る。それがいなくなると、又次の者がやってくる。藁蒲団も毛布も幾人かの血や膿や汗で汚されていた。彼は、それをかむって、ひそかに自分を慰めた。 負傷者は、死ぬまで不自由・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・そこは地方によくあるような医院の一室で、遠い村々から来る患者を容れるための部屋になっていた。蜂谷という評判の好い田舎医者がそこを経営していた。おげんが娘や甥を連れてそこへ来たのは自分の養生のためとは言え、普通の患者が病室に泊まったようにも自・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ つぎには、これは築地の、市の施療院でのことですが、その病院では、当番の鈴木、上与那原両海軍軍医少佐以下の沈着なしょちで、火が来るまえに、看護婦たちにたん架をかつがせなどして、すべての患者を裏手のうめ立て地なぞへうつしておいたのですが、・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・七月一日、病院の組織がかわり職員も全部交代するとかで、患者もみんな追い出されるような始末であった。私は兄貴と、それから兄貴の知人である北芳四郎という洋服屋と二人で相談してきめて呉れた、千葉県船橋の土地へ移された。終日籐椅子に寝そべり、朝夕軽・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・医者のほうが患者よりも、数等みじめな生活をしている。いっそ患者になりてえくらいだった。ああ、実に面白くない。みじめだ。奥さん、あなたなんか、いいほうですよ。」「ええ、そうね。」 と奥さまは、いそいで相槌を打ち、「そう思いますわ。・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・ 帝展には少ないが二科会などには「胃病患者の夢」を模様化したようなヒアガル系統の絵がある。あれはむしろ日本画にした方が面白そうに思われるのに、まだそういう日本画を見ない。これも意外である。 デパートのマークを付けたために問題になった・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
出典:青空文庫