・・・けた老婆、ろくろく返事もなく、規則は規則ですからねえ、と呟いて、そろばんぱちぱち、あまりのことに私は言葉を失い、しょんぼり辞去いたしましたが、篠つく雨の中、こんなばかげたことがあろうか、まごうかたなき悪玉、私うまれてこのかた二十八年、あとに・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・お医者の世界観は、原始二元論ともいうべきもので、世の中の有様をすべて善玉悪玉の合戦と見て、なかなか歯切れがよかった。私は愛という単一神を信じたく内心つとめていたのであるが、それでもお医者の善玉悪玉の説を聞くと、うっとうしい胸のうちが、一味爽・・・ 太宰治 「満願」
・・・の中に、社会主義的善玉・悪玉を簡単に対立させた。その電車製作工場内に、ウダールニクを組織したコムソモールを中心とする男女労働者は、階級的誤謬を犯したいと思っても犯せないような善玉。対立して描かれている工場内反革命分子は、徹頭徹尾の悪玉だ。・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・生大事にかついでおまもりのように云っている人があるが、或タイプといってもそれは社会的活動の関係の中で立体的に描かれなければならないので、型として、内的外的活動を規定の枠内で行為させているのは一種の善玉悪玉式で、厖大なロマンチシズムではありま・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・文芸理論に於てはヨーロッパの評論、文学評価を学んで封建的善玉悪玉の観念を排し、社会と人間との現実を描くことを慫慂した逍遙が、「当世書生気質」の描法にはおのずから自身が明治社会成生の過程に生きた青年時代の社会関係の角度を反映して、多分に弁口達・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・伝統的な士道の末期的な教養は一面で馬琴の世界に勧善懲悪の善玉悪玉をつくり出しているとともに、他の半面では既に封建の石垣がくずれようとしている現実的な力に浸潤され、より現実の市民常識への拡大が行われているのである。 明治の初期の文学では、・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・と感じつつも「プロレタリアは悉く善玉、ブルジョアは悉く悪玉とせば、天下はまことに簡単なり。簡単なるには相違なけれど、――否、日本の文壇も自然主義の洗礼は受けし筈なり。」とし、更に一転して「ひとり芸術至上主義者に限らず、僕はあらゆる至上主義者・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・妨害分子は一人のこさず悪玉ぞろい。その二つの型の間に、機械的なマルクシズム応用の対立があるだけで、真のボルシェビキらしい具体的な悪玉への働きかけや、職場の動揺している労働者へのよびかけ、親切な導きが一つも扱われていない。職場の現実は、決して・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・座談会をみてもこんにち自覚した労働者にとって民主的文学の創造の問題は、題材主義から成長し、プロレタリアの善玉悪玉からぬけ出ていることがわかる。作品のうちに目前の現象を描くばかりでなくその背後の奥ふかい社会的本質までを描こうと欲しられており、・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・社会の発展の過程にあらわれる善と悪とは馬琴の勧善懲悪小説の善玉、悪玉であらわされるよりはるかに動的で互の関係のうちに質の変化を経験してゆくものである。そこにわれわれの実践と客観的な観察と批判が必要となって来る。 言論の自由を奪うというこ・・・ 宮本百合子 「地球はまわる」
出典:青空文庫