・・・フィクションを、この国には、いっそうその傾向が強いのではないかと思われるのであるが、どこの国の人でも、昔から、それを作者の醜聞として信じ込み、上品ぶって非難、憫笑する悪癖がある。たしかに、これは悪癖である。私は、いまにして思い当る。プウシュ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ひとに接するとき、少し尊大ぶる悪癖があるけれども、これは彼自身の弱さを庇う鬼の面であって、まことは弱く、とても優しい。弟妹たちと映画を見にいって、これは駄作だ、愚作だと言いながら、その映画のさむらいの義理人情にまいって、まず、まっさきに泣い・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・そうしないでこの悪癖を直す方法はないかと思って獣医に相談すると、それは去勢さえすればよいとの事であった。いくら猫でもそれは残酷な事で不愉快であったが、追放の衆議の圧迫に負けてしまってとうとう入院させて手術を受けさせた。 手術後目立ってお・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・ それがそこから離別することが人間的誠実とは思われる習慣となり、やがて悪癖となった。 バルザックが、たとえ混乱を被いがたいにせよ、政治をも人間生活の現実として見る力のあったことは、彼が偉大な作家であったことをはずかしめない。 バ・・・ 宮本百合子 「折たく柴」
・・・然しわれわれが種々な場合に注意しなければならないのは、過去の歴史上ある時期に与えられた名称を、現代の歴史的必然性を示す何か新しい形容詞とともに今日に生かして使う非唯物史観的悪癖である。 日常に例をとってみると、この頃女の洋服の流行は次第・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・ 伊藤整氏の短い感想を折々読んで、氏は批評家が主観的に物を云う現代の常套的悪癖に犯されつつも、猶内部には「なんとか云わないではいられないもの」をもって、散漫ながら立っている文筆家であろうことと思っていた。「幽鬼の町」は、作者としてはダン・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・文筆の仕事の中で感情を誇張する悪癖を持たぬ素朴さで、シャポワロフは当時の決心を表現している。「神が存在しないとなれば、今度は社会主義者をさがし出さなければならない」――。 一八八三年頃、スウィスでプレハーノフを中心として小さいながら・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫