・・・文字さえ乱れて、細くまた太く、ひょろひょろ小粒が駈けまわり、突如、牛ほどの岩石の落下、この悪筆、乱筆には、われながら驚き呆れて居ります。創刊第一号から、こんな手違いを起し、不吉きわまりなく、それを思うと泣きたくなります。このごろ、みんな、一・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 字を書くことの上手な人はこういう機会に存分に筆を揮って、自分の筆端からほとばしり出る曲折自在な線の美に陶酔する事もあろうが、彼のごとき生来の悪筆ではそれだけの代償はないから、全然お勤めの機械的労働であると思われる上に、自分の悪筆に対す・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・一応もっとも至極の説なれども、田舎の叔母より楷書の手紙到来したることなし、干鰯の仕切に楷書を見たることなし、世間日用の文書は、悪筆にても骨なしにても、草書ばかりを用うるをいかんせん。しかのみならず、大根の文字は俗なるゆえ、これに代るに蘿蔔の・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
出典:青空文庫