・・・それに、私は悪評というものがどれだけ相手を傷つけるものであるかということも知っている。私などまだ六年の文壇経歴しかないが、その六年間、作品を発表するたびに悪評の的となり、現在もその状況は悪化する一方である。私の親戚のあわて者は、私の作品がど・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・というこれまでの悪評に、ますます拍車を掛けるような結果になった。誰も彼も庄之助の塾を敬遠した。そして弟子は減る一方で、塾はさびれ、彼の暮しは一層みじめなものになった。 そこで彼は、土地の軍楽隊に籍を置いたり、けちな管弦楽団の臨時雇の指揮・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・毎朝、かなり厚化粧してどこかへ出掛けて行くので、さては妾になったのかと悪評だった。が本当は、柳吉が早く帰るようにと金光教の道場へお詣りしていたのだった。 二十日余り経つと、種吉のところへ柳吉の手紙が来た。自分ももう四十三歳だ、一度大患に・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・に連載せられていたのは、あれは、あなたが三十二、三歳の頃の事であったと思われますが、あの頃、あなたが世の中から受けていた悪評は、とても、猛烈なものでありました。あなたは、完全に、悪徳漢のように言われていました。けれども、私は、あなたの作品の・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・私ひとりが過去に於いて、ぶていさいな事を行い、いまもなお十分に聡明ではなく、悪評高く、その日暮しの貧乏な文士であるという事実のために、すべてがこのように気まずくなるのだ。「景色のいいところですね。」妻は窓外の津軽平野を眺めながら言った。・・・ 太宰治 「故郷」
・・・するなよ、とひとから言われたこともあるが、しかし、私はその不潔な馬鹿どもの言うことを笑って聞き容れるほどの大腹人でもないし、また、批評をみじんも気にしないという脱俗人ではなし、また、自分の作品がどんな悪評にも絶対にスポイルされないほど剛いも・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・私は作品に於いてよりも、実生活に就いて、また、私の性格、体質に就いての悪評に於いて、破れかけたのであるから、いま、ひとつのフィクションを物語るにあたっても、これだけの用心が必要なのである。フィクションを、フィクションとして愛し得る人は、幸い・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 浮世風呂に浮世の垢を流し合うように、別世界は別世界相応の話柄の種も尽きぬものか、朋輩の悪評が手始めで、内所の後評、廓内の評判、検査場で見た他楼の花魁の美醜、検査医の男振りまで評し尽して、後連とさし代われば、さし代ッたなりに同じ話柄の種・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・光輝あるわが金星音楽団がきみ一人のために悪評をとるようなことでは、みんなへもまったく気の毒だからな。では今日は練習はここまで、休んで六時にはかっきりボックスへ入ってくれ給え。」 みんなはおじぎをして、それからたばこをくわえてマッチをすっ・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・とののしって来た人が、きょう民主主義の立場に立つ特定の作家に悪評を加えようとするときには、全く、誤って理解された政治の優位性の発動による非現実的であり、非文学的でもある評言の断片か、ききづたえかを、そのまま自分の文章の中にとってよりどころと・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
出典:青空文庫