・・・ いかなる言葉もてもこれを言い消すことあたわず、大空の星の隕ちたるがごとし、二郎はその理由のいかんを見ず、ただ光の失せぬるを悲しむ。げにこの悲しみや深し。 友の交わりを続けてよとの御意、承りぬ。これより後なお真の友義というものわれら・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・しますから……凡そ欠伸に数種ある、その中尤も悲むべく憎くむ可きの欠伸が二種ある、一は生命に倦みたる欠伸、一は恋愛に倦みたる欠伸、生命に倦みたる欠伸は男子の特色、恋愛に倦みたる欠伸は女子の天性、一は最も悲しむべく、一は尤も憎むべきものである」・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 青春の黄金の日において、悪ズレのした、リアリスチックな女性侮蔑者であるほど悲しむべきことはない。ましてそれは早期の童貞喪失を伴いやすく、女性を弄ぶ習癖となり、人生一般を順直に見ることのできない、不幸な偏執となる恐れがあるのである。・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・これは悲しむべき光景である。是非ともこれは文化的真理と、人類的公所を失わぬ、新しい民族国家主義を樹立して、次代の青年たちを活々とした舞台に解放しなければならないのである。 われわれは今日の文化的指導層に対しては真理のために、祖国のために・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ その声は街へ遊びに行くのがおじゃんになったのを悲しむように絶望的だった。「どれ?……どれ」 それはたしかに、偽札だった。やはり、至極巧妙に印刷され、Five など、全く本ものと違わなかった。ところが、よく見るとSも、Hも、Yも・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・――同様に悲しむ親や子供を持っているのだ。 こんなことをして彼等を撃ち、家を焼いたところで、自分には何にも利益がありやしないのだ。 流れて来る煙に巻かれながら、また、百姓や女や、老人達がやって来た。 上等兵は、機関銃のねらいをき・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・それを見ると東坡巾先生は悲しむように妙に笑ったが、まず自ら手を出して喫べたから、自分も安心して味噌を着けて試みたが、歯切れの好いのみで、可も不可も無い。よく視るとハコべのわかいのだったので、ア、コリャ助からない、とりじゃあ有るまいし、と手に・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・少年は焦るような緊張した顔になって、羨しげに、また少しは自分の鉤に何も来ぬのを悲しむような心を蔽いきれずに自分の方を見た。 しばらく彼も我も無念になって竿先を見守ったが、魚の中りはちょっと途断えた。 ふと少年の方を見ると、少年はまじ・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・その死は、彼らのために悲しむよりも、むしろ、賀すべきものだと思う。 四 そうはいえ、わたくしは、けっして長寿をきらって、無用・無益とするのではない。命あっての物種である。その生涯が満足な幸福な生涯ならば、むろん・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・兄にとっては、ただ冗談だけでそんなことをしていたのでは無く、自身の肉体消滅の日時が、すぐ間近に迫っていることを、ひそかに知っていて、けれども兄の鬼面毒笑風の趣味が、それを素直に悲しむことを妨げ、かえって懸命に茶化して、しさいらしく珠数を爪繰・・・ 太宰治 「兄たち」
出典:青空文庫