・・・ と一口がぶりと遣って、悵然として仰反るばかりに星を仰ぎ、頭髪を、ふらりと掉って、ぶらぶらと地へ吐き、立直ると胸を張って、これも白衣の上衣兜から、綺麗な手巾を出して、口のまわりを拭いて、ト恍惚とする。「爽かに清き事、」 と黄色い・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・という細君の言葉は差当って理の当然なので、主人は落胆したという調子で、「アア諦めるよりほか仕方が無いかナア。アアアア、物の命数には限りがあるものだナア。」と悵然として嘆じた。 細君はいつにない主人が余りの未練さをやや訝りなが・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・わたくしは千住の大橋をわたり、西北に連る長堤を行くこと二里あまり、南足立郡沼田村にある六阿弥陀第二番の恵明寺に至ろうとする途中、休茶屋の老婆が来年は春になっても荒川の桜はもう見られませんよと言って、悵然として人に語っているのを聞いた。 ・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・ それ等のことは、又いつかくわしく書く機会もあろうが、ちっとも苦しめたくない、懐しい父が、彼の顔に憂いを漲らせ、悵然とされると、実にたまらない。どうでもよい。早くやめたい、とさえ思ってしまう。 今も、森とした夜の畳の上に、彼が、一日・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
出典:青空文庫