・・・そのため後脳をひどく打ち肋骨を折って親父は悶絶した。 見る間に付近に散在していた土方が集まって来て、車夫はなぐられるだけなぐられ、その上交番に引きずって行かれた。 虫の息の親父は戸板に乗せられて、親方と仲間の土方二人と、気抜けのした・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・もし彼女が、ひとめその笛の音の主の姿を見たならば、きゃっと叫んで悶絶するに違いない。芸術家はそれゆえ、自分のからだをひた隠しに隠して、ただその笛の音だけを吹き送る。 ここに芸術家の悲惨な孤独の宿命もあるのだし、芸術の身を切られるような真・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・私の赤黒い変な顔を見ると、あまりの事に悶絶するかも知れない。悶絶しないまでも、病勢が亢進するのは、わかり切った事だ。できれば私は、マスクでも掛けて逢いたかった。 女のひとからは次々と手紙が来る。正直に言えば、私はいつのまにか、その人に愛・・・ 太宰治 「誰」
・・・それはとにかくこの善良愛すべき社長殿は奸智にたけた弁護士のペテンにかけられて登場し、そうして気の毒千万にも傍聴席の妻君の面前で、曝露されぬ約束の秘事を曝露され、それを聞いてたけり立ち悶絶して場外にかつぎ出されるクサンチッペ英太郎君のあとを追・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
出典:青空文庫