・・・弁士の話じゃ、これがその人の情婦なんですとさ。年をとっている癖に、大きな鳥の羽根なんぞを帽子につけて、いやらしいったらないんでしょう。」 お徳は妬けたんだ。それも写真にじゃないか。(ここまで話すと、電車が品川へ来た。自分は新橋で下り・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・「あの女は黄の情婦だったんだよ。」 僕は彼の註文通り、驚嘆する訣には行かなかった。けれども浮かない顔をしたまま、葉巻を銜えているのも気の毒だった。「ふん、土匪も洒落れたもんだね。」「何、黄などは知れたものさ。何しろ前清の末年・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・ ところでいくらお前さんが可愛い顔をしてるたって、情婦を拵えたって、何もこの年紀をしてものの道理がさ、私がやっかむにも当らずか、打明けた所、お前さん、御新造様と出来たのかね。え、千ちゃん、出来たのならそのつもりさ。お楽み! てなことで引・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・……「雪がちらちら雨まじりで降る中を、破れた蛇目傘で、見すぼらしい半纏で、意気にやつれた画師さんの細君が、男を寝取った情婦とも言わず、お艶様――本妻が、その体では、情婦だって工面は悪うございます。目を煩らって、しばらく親許へ、納・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ と小宮山は友人の情婦ではあり、煩っているのが可哀そうでもあり、殊には血気壮なものの好奇心も手伝って、異議なく承知を致しました。「しかし姐さん、別々にするのだろうね。」「何でございます。」「何その、お床の儀だ。」「おほほ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・何とて父母を捨て流浪せりやと問えば、情婦のためなりと答う。帰後独坐感慨これを久うす。 十日、東京に帰らんと欲すること急なり。されど船にて直航せんには嚢中足らずして興薄く、陸にて行かば苦み多からんが興はあるべし。嚢中不足は同じ事なれど、仙・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・女二人に争われて、自分は全く知らぬ間に、女房は殺され、情婦は生きた。ああ、そのことは、どんなに芸術家の白痴の虚栄を満足させる事件であろう。あの人は、生き残った私に、そうして罪人の私に、こんどは憐憫をもって、いたわりの手をさしのべるという形に・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・須々木乙彦のことが新聞に出て、さちよもその情婦として写真まで掲載され、とうとう故郷の伯父が上京し、警察のものが中にはいり、さちよは伯父と一緒に帰郷しなければならなくなった。謂わば、廃残の身である。三年ぶりに見る、ふるさとの山川が、骨身に徹す・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ ドリスは可哀らしい情婦としてはこの上のない女である。不機嫌な時がない。反抗しない。それに好い女と云う意味から云えば、どの女だってドリスより好く見えようがない。人を悩殺する媚がある。凡て盛りの短い生物には、生活に対する飢渇があるものだが・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 情婦ジェニーが市松模様のガラス窓にもたれて歌うところがちょっと、マチスの絵を見るような感じである。 乞食頭のピーチャムのする芝居にはどうも少ししっくりしないわざとらしさを感じる。 この映画の前半はいかにも昔のロンドンのような気・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫