・・・ が、諸藩の勤番の田舎侍やお江戸見物の杢十田五作の買妓にはこの江戸情調が欠けていたので、芝居や人情本ではこういう田五作や田舎侍は無粋な執深の嫌われ者となっている。維新の革命で江戸の洗練された文化は田舎侍の跋扈するままに荒され、江戸特有の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・「洋楽にもかなりシンミリしたものがある、ヘイズンかシューベルトのセレナードでも聴いて見給え、かなりシンミリした情調が味える、かつシンミリしたものばかりが美くしい音楽ではないから……」と二、三度音楽会へ誘って見たが、「洋楽は真平御免だ!」とい・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・彼の講義には他の抽象学者に稀に見られる二つの要素、情調と愛嬌が籠っている、とこの著者は云っている。講義のあとで質問者が押しかけてきても、厭な顔をしないで楽しそうに教えているそうである。彼の聴講者は千二百人というレコード破りの多数に達した。彼・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・とどなるのをきっかけに、画面の情調が大きな角度でぐいと転回してわき上がるように離別の哀愁の霧が立ちこめる。ここの「やま」の扱いも垢が抜けているようである。あくどく扱われては到底助からぬようなところが、ちょうどうまくやれば最大の効果を上げうる・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・こんな些細な事でも自分の異国的情調を高めるに充分であった。 立派なシナ商人の邸宅が土人の茅屋と対照して何事かを思わせる。 椰子の林に野羊が遊んでいる所もあった。笹の垣根が至るところにあって故国を思わせる。道路はシンガポールの紅殻色と・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ただその声があまりに強く鋭く狭い会堂に響き渡って、われわれ日本人の頭にある葬式というものの概念に付随したしめやかな情調とはあまりにかけ離れたもののような気がしたのであった。 遺骸は町屋の火葬場で火葬に付して、その翌朝T老教授とN教授と自・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・ こういうふうに、旋律的な物売りの呼び声が次第になくなり、その呼び声の呼び起こす旧日本の夢幻的な情調もだんだんに消えうせて行くのは日本全国共通の現象らしい。 郷里で昔聞き慣れた物売りの声も今ではもう大概なくなったらしいが、考えてみる・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・ 一葉が文の情調は柳浪の作中について見るも更に異る所がない。二家の作は全くその形式を異にしているのであるが、その情調の叙事詩的なることは同一である。『今戸心中』第一回の数行を見よ。太空は一片の雲も宿めないが黒味わたッて、廿四・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・台所に働いている姿は勝手口の破れた水障子、引窓の綱、七輪、水瓶、竈、その傍の煤けた柱に貼った荒神様のお札なぞ、一体に汚らしく乱雑に見える周囲の道具立と相俟って、草双紙に見るような何という果敢い佗住居の情調、また哥沢の節廻しに唄い古されたよう・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 町中の堀割に沿うて夏の夕を歩む時、自分は黙阿弥翁の書いた『島鵆月白浪』に雁金に結びし蚊帳もきのふけふ――と清元の出語がある妾宅の場を見るような三味線的情調に酔う事がしばしばある。 観潮楼の先生もかつて『染めちがえ』と題する短篇小説・・・ 永井荷風 「夏の町」
出典:青空文庫