・・・その人々は、この一望果てない青田を見て、そこに白く光った白米の粒々を想像し、価のつり上りを想像し、満足を感じていたかもしれない。けれども、私は、行けども行けどもつきない稲田の間を駛りつつ、いうにいえない心もちがした。これほどの稲、これほどの・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・しかし壮烈だとか、爽快だとかいう想像は薄らぐ。それから縦い戦争に行くことが出来ても、輜重に編入せられて、運搬をさせられるかも知れないと思って見る。自分だって車の前に立たせられたら、挽きもしよう。後に立たせられたら、推しもしよう。しかし壮烈や・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・わたくしはあの写真の男に燕尾服がどんなに似合うだろうと想像すると、居ても立っても居られなかったのです。 女。ええ。まだ覚えていますの。 男。それからわたくしはあなたをちょっとの間も手離すまいとしたのですね。あなたが誰と知合になられた・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・ このごろのならいとてこの二人が歩行く内にもあたりへ心を配る様子はなかなか泰平の世に生まれた人に想像されないほどであッて、茅萱の音や狐の声に耳を側たてるのは愚かなこと,すこしでも人が踏んだような痕の見える草の間などをば軽々しく歩行かない・・・ 山田美妙 「武蔵野」
どこかで計画しているだろうと思うようなこと、想像で計り知られるようなこと、実際これはこうなる、あれはああなると思うような何んでもない、簡単なことが渦巻き返して来ると、ルーレットの盤の停止点を見詰めるように、停るまでは動きが・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・やがて私の心はだんだん広がって行って、まだ見たことも聞いたこともない種々の人々の苦しみや涙や歓びやなどを想像し、その人々のために大きい愛を祈りました。ことに血なまぐさい戦場に倒れて死に面して苦しんでいる人の姿を思い浮かべると、私はじっとして・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫