・・・たってお前が其処を退かないというのなら、それも仕方はないがネ、そんな意地悪にしなくても好いだろう、根が遊びだからネ。と言って聴かせている中に、少年の眼の中は段に平和になって来た。しかし末に至って自分は明らかにまた新に失敗した。少年は急に・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・それなのに私はきょう迄あの人に、どれほど意地悪くこき使われて来たことか。どんなに嘲弄されて来たことか。ああ、もう、いやだ。堪えられるところ迄は、堪えて来たのだ。怒る時に怒らなければ、人間の甲斐がありません。私は今まであの人を、どんなにこっそ・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・ 朝は、意地悪。「お父さん」と小さい声で呼んでみる。へんに気恥ずかしく、うれしく、起きて、さっさと蒲団をたたむ。蒲団を持ち上げるとき、よいしょ、と掛声して、はっと思った。私は、いままで、自分が、よいしょなんて、げびた言葉を言い出す女・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・そして、五分くらい経ってから、『お母さん意地悪ね。だけど、仕方がないわ。困ったわ。』なんて変なことばかり言って、あの本を書斎から持って来てあげましたの。今お母さん読んでいらっしゃるらしいのよ。かまわないわね。お母さんにわるいことなんか、ちっ・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・一方、芹川さんをねたましくて、胸が濁ってときめき致しましたが、努めて顔にあらわさず、いいお話ね、芹川さんしっかりおやりなさい、と申しましたら、芹川さんは敏感にむっとふくれて、あなたは意地悪ね、胸に短剣を秘めていらっしゃる、いつもあなたは、あ・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・ この事ばかりで無く、私がこの生みの母親から奇妙に意地悪くされた思い出は数限りなくございますのでして、なぜ母が私をあんなにいじめたのか、それは勿論、私がこんな醜男に生れ、小さい時から少しも可愛げの無い子供だったせいかも知れませぬが、しか・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・私たちは以前あの人たちに何か悪い事でもして来たのでしょうか、どうして私たちにこんなに意地悪をするのです。田舎の人が純朴だの何だの、冗談じゃありません、とこうまあいったような事をお隣りに疎開して来ている細君が、うちの細君に向ってまくし立てたの・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・また『武道伝来記』には、ある武士が人魚を射とめたというのを意地悪の男がそれを偽りだという。それを第三者が批評して「貴殿広き世界を三百石の屋敷のうちに見らるゝ故なり。山海万里のうちに異風なる生類の有まじき事に非ず」と云ったとしてある。その他に・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・そしたら意地悪共も黙ってしまったにちがいない。ところが不可ないことには私にその勇気がなかったので、もう二つの桶をあっちの石垣やこっちの塀かどにぶっつけながら逃げるので、うしろからは益々手をたたいてわらう声がきこえてくる……。 そんな風だ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・ お熊は四十格向で、薄痘痕があッて、小鬢に禿があッて、右の眼が曲んで、口が尖らかッて、どう見ても新造面――意地悪別製の新造面である。 二女は今まで争ッていたので、うるさがッて室を飛び出した吉里を、お熊が追いかけて来たのである。「・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫