・・・すると意志の自由にはならない。意思の自由にならない行為は責任を負わずとも好いはずである。けれどもお嬢さんは何と思ったであろう? なるほどお嬢さんも会釈をした。しかしあれは驚いた拍子にやはり反射的にしたのかも知れない。今ごろはずいぶん保吉を不・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・たゞ、純情に謙遜に、自然の意思に従って、真を見んとするところに、最も人生的なる、一切の創造はなされるのであった。 私は、民謡、伝説の訴うる力の強きを感ずる。意識的に作られたるにあらずして、自然の流露だからだ。たゞちに生活の喜びであり、ま・・・ 小川未明 「常に自然は語る」
・・・ソコデ人間の世界に生れて来るのも単に螺旋的にヒョコリと出て来るのサ、そうして人間の意思動作もすべて螺旋的にぐるぐるまわッているのサ。社会の栄枯盛衰も螺旋的にぐるぐるまわッているのだよ。易なんぞというものは感心な奴で、初爻と上爻とが首尾相呼ん・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・其題に曰く学術技科の進闡せしをば人の心術風俗に於て益有りしと為す乎将た害ありしと為す乎とルーソー之を読みて神気俄に旺盛し、意思頓に激揚し自ら肺腸の一変して別人と成りしを覚え、殆ど飛游して新世界に跳入せしが如し。因て急に鉛筆を執りファプリシュ・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・来たい意思はいつでも持った。夜床の中で眼をさますと、何かの拍子から「いても立ってもいられない」衝動を感ずることがあった。そうすると口では言えないいろいろ淫猥なことが平気にそれからそれへととっぴに彩をつけて想像される。それがまた逆に彼の慾情を・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・人ヴァレリイの呟きらしいが、自分は、この十年間、腹が立っても、抑えに抑えていたことを、これから毎月、この雑誌に、どんなに人からそのために、不愉快がられても、書いて行かなければならぬ、そのような、自分の意思によらぬ「時期」がいよいよ来たような・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・それがまた特に合議者間に平素から意思の疎通を欠いでいるような場合だと、甲の持ち出す長所は乙の異議で疵がつき、乙の認める美点は甲の詮索でぼろを出すということが往々ある。結局大勢かかればかかる程みんなが「検事」の立場になって、「弁護士」は一人も・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・学者と素人との意思の疎通せざる第一の素因は既にここに胚胎す。学者は科学を成立さする必要上、自然界に或る秩序方則の存在を予想す。従ってある現象を定むる因子中より第一にいわゆる偶発的突発的なるものを分離して考うれども、世人はこの区別に慣れず。一・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・気の弱い彼女は、すべて古めかしい叔母の意思どおりにならせられてきた。「私の学校友だちは、みんないいところへ片づいていやはります」彼女はそんなことを考えながらも、叔母が択んでくれた自分の運命に、心から満足しようとしているらしかった。「・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・「どこにでもあるさ。意思のある所には天祐がごろごろしているものだ」「どうも君は自信家だ。剛健党になるかと思うと、天祐派になる。この次ぎには天誅組にでもなって筑波山へ立て籠るつもりだろう」「なに豆腐屋時代から天誅組さ。――貧乏人を・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫