・・・ なお更住居には意表外の数寄を凝らした。地震で焼けた向島の梵雲庵は即ち椿岳の旧廬であるが、玄関の額も聯も自製なら、前栽の小笹の中へ板碑や塔婆を無造作に排置したのもまた椿岳独特の工風であった。この小房の縁に踞して前栽に対する時は誰でも一種・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・が洋服を着たような満面苦渋の長谷川辰之助先生がこういう意表な隠し芸を持っていようとは学生の誰もが想像しなかったから呆気に取られたのも無理はない。が、「謹厳」のお化のような先生は尾州人という条、江戸の藩邸で江戸の御家人化した父の子と生れた江戸・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・『露団々』は露伴の作才の侮りがたいのを認めしめたが、奇想天来の意表外の構作が読者を煙に巻いて迷眩酔倒せしめたので、私の如きも読まない前に美妙や学海翁から散々褒めちぎって聴かされていたためかして、読んだ時は面白さに浮れて夢中となったが、その面・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・ 豹吉のは氷河の氷に通じ、意表の表に通ずる、といえば洒落になるが、彼は氷のような冷やかな魂を持ち、つねにひとびとの意表を突くことにのみ、唯一の生甲斐を感じている、風変りな少年だった。 自分はいかなることにも驚かぬが、つねに人を驚かす・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・冷やかに死後の再会というようなことを否定するであろうが、この世界をこのアクチュアルな世界すなわち娑婆世界のみに限るのは絶対の根拠はなく、それがどのような仕組みに構成されているかということは恐らく人知の意表に出るようなことがありはしないか。本・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・そして、それを慰むべき手段は次第に潜行的に、意表に出てくるのだった。 線路には、爆破装置が施されているのではなかった。破壊されているのでもなかった。たゞ、パルチザンは、枕木の下へ油のついた火種を入れておくだけだった。ところが、枕木は炭焼・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・此家の主人はかく云われて、全然意表外のことを聞かされ、へどもどするより外は無かった。「しかし、此処の器量よしめの。かほどの器量までにおのれを迫上げて居おるのも、おのれの私を成そうより始まったろう。エーッ、忌々しい。」 眼の中より青白・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・或る参謀将校は、この度のわが作戦は、敵の意表の外に出ず、と語った。それがそのまま新聞に出た。参謀も新聞社も、ユウモアのつもりではなかったようだ。大まじめであった。意表の外に出たなら、ころげ落ちるより他はあるまい。あまりの飛躍である。 指・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・とわたくしは重ねて否定したが、しかし人生には意表に出る事件がないとも限らぬから、わたくしは帚葉山人が言った謎のような言葉を、そのまま茲に識して置くのである。 ○ 繁殖を欲しなければ繁殖の行為をなさざるに若くはな・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・その中には人の意表に出たものが時々見られるのだ。靴磨が女の靴をみがきながら、片足を揚げた短いスカートの下から女の股間を窺くために、足台をだんだん高くさせたり、また、男と女とがカルタの勝負を試み、負ける度びに着ているものを一枚ずつぬいで行き、・・・ 永井荷風 「裸体談義」
出典:青空文庫