・・・お断りするより他、ないのでございますが、何せお話を持って来られた方が、亡父の恩人で義理あるお人ですし、母も私も、ことを荒立てないようにお断りしなければ、と弱気に愚図愚図いたして居りますうちに、ふと私は、あの人が可哀想になってしまいました。き・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・家を出る時でも、編上靴のように、永いこと玄関にしゃがんで愚図愚図している必要がない。すぽり、すぽりと足を突込んで、そのまますぐに出発できる。脱ぎ捨てる時も、ズボンのポケットに両手をつっこんだままで、軽く虚空を蹴ると、すぽりと抜ける。水溜りで・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・たとえば今から五年前に都会の生活に見切りをつけて、田舎に根をおろした生活をはじめていたら、あまりお困りの事は無かった筈だ。愚図々々と都会生活の安逸にひたっていたのが失敗の基である、その点やはりあなたがたにも罪はある、それにまた、罹災した人た・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・何を愚図愚図しているんだね。」 王子は、あまりの嬉しさに思わず飛び上りました。ラプンツェルは母さんのように落ちついて、「ああ、この毛の長靴をおはき。お前にあげるよ。途中、寒いだろうからね。お前には寒い思いをさせやしないよ。これ、お婆・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・もし事情が許せば、静かなこの町で隠逸な余生を楽しむ場合、陽気でも陰気でもなく、意気でも野暮でもなく、なおまた、若くもなく老けてもいない、そしてばかでも高慢でもない代りに、そう悧巧でも愚図でもないような彼女と同棲しうるときの、寂しい幸福を想像・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・貧弱なる日本ではあるが、余にはこれほどまでに愚図が揃って科学を研究しているとは思えない。その方面の知識に疎い寡聞なる余の頭にさえ、この断見を否定すべき材料は充分あると思う。 社会は今まで科学界をただ漫然と暗く眺めていた。そうしてその科学・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・そのうち愚図々々しているうちに、この己れに対する気の毒が凝結し始めて、体のいい往生となった。わるく云えば立ち腐れを甘んずる様になった。其癖世間へ対しては甚だ気きえんが高い。何の高山の林公抔と思っていた。 その中、洋行しないかということだ・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
・・・落第しております。落第して愚図愚図している内にこの学校が出来た。この学校が出来て最も新らしい所へいの一番に乗り込んだ者は私――だけではないが、その一人は確かに私である。われわれの教室は本館の一番北の外れの、今食堂になっている、あそこにありま・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・「篦棒奴。愚図愚図泣言を云うない。俺にゃ覚悟が出来てるんだ。手前の方から喧嘩を吹っかけたんじゃねえか」 私は、実は歩くのが堪えられない苦しみであった。私の左の足は、踝の処で、釘の抜けた蝶番見たいになっていたのだ。「お前は、そんな・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・だから彼女は泣いたり、愚図つくのを恥じている。然し、見も知らぬ通行人を、止めようとすると、云い難い外国語が、彼女の細い真直な少女の喉元を塞げるのだ。彼女は矢張り下手な売り手であった。そして、下手さは、清げなおかッぱや、或る品のあるきりっとし・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
出典:青空文庫