・・・孤独の寂しさを慰めるために新世界とはつい鼻の先にある飛田遊廓の女に通っていたが、到頭金に詰ったらしかった。保証人の私はその尻拭いをした。 ところが、一年ばかりたったある日、尾羽打ち枯らした薄汚い恰好でやって来ると、実はあんな悪いことをし・・・ 織田作之助 「世相」
・・・と、こういた場合にもあまり狼狽した様子を見せない弟は、こう慰めるように言って、今度は行李を置いてFと二人で出て行った。 が翌朝十時ごろ私は寝床の中で弟からの電報を受け取ったが、チチブジデキタ――という文句であった。それで昨夜チチシスのシ・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ 気のいい老父は、よかれ悪かれ三人の父親である耕吉の、泣いて弁解めいたことを言ってるのに哀れを催して、しまいにはこう慰めるようにも言った。ことに老父の怒ったのは、耕吉がこの正月早々突然細君の実家へ離縁状を送ったということについてであった・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・とは言えそんなものを見て少しでも心の動きかけた時の私自身を慰めるためには贅沢ということが必要であった。二銭や三銭のもの――と言って贅沢なもの。美しいもの――と言って無気力な私の触角にむしろ媚びて来るもの。――そう言ったものが自然私を慰めるの・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・自分が先生に向て自分の希望を明言した時に梅子は隣室で聞いていたに違いない、もし自分の希望を全く否む心なら自分が帰る時あんなに自分を慰める筈はない……」「梅子は自分を愛している、少くとも自分が梅子を恋ていることを不快には思っていない」との・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・幹部は、こういうものによって、兵卒が寂寥を慰めるのを喜んだ。 六時すぎ、支部馬の力のないいななきと、馬車の車輪のガチャ/\と鳴る音がひゞいて来た。と、ドタ靴が、敷瓦を蹴った。入口に騒がしい物音が近づいた。ゴロ寝をしていた浜田たちは頭をあ・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・そういう激しい感情を林へ引いて行かれる橇を見て自ら慰めるよりほか、彼等には道がなかった。彼等と一緒に兵タイに取られ、入営の小豆飯を食い、二年兵になるのを待ち、それから帰休の日を待った者が、今は、幾人骨になっているか知れない。 ある者は戦・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・この一夏の間、わたしは例年の三分の一に当るほども自分の仕事をなし得ず、せめて煩わなかっただけでもありがたいと思えと人に言われて、僅かに慰めるほどの日を送って来たが、花はその間に二日休んだだけで、垣のどこかに眸を見開かないという朝とてもなかっ・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・と女の人は慰めるようにいう。あたりは見るうちに薄暗くなる。女の人がちょっと出て行って、今度帰って坐った時には、向き合いになってももう面輪が定かに見えない。 女の人は、立って押入から竹洋灯を取りだして、油を振ってみて、袂から紙を出して心を・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・草田氏は夫人を慰める一手段として、夫人に洋画を習わせた。一週間にいちどずつ、近所の中泉花仙とかいう、もう六十歳近い下手くそな老画伯のアトリエに通わせた。さあ、それから褒めた。草田氏をはじめ、その中泉という老耄の画伯と、それから中泉のアトリエ・・・ 太宰治 「水仙」
出典:青空文庫