・・・ このように、最も問題になる憂いの少ない論文でさえも、見る人の眼のつけ処でその価値にかなりの懸隔を生じるのである。それで、なるべく拾うべき長所の拾い落しのないためにはなるべく多数の審査員を選び、そうしてそれらの人達の合議によって及落を決・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・これが杞人の憂いである。 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・うやく水産に聯関した海洋調査がやや系統的に行われるようになりはしたが、自分の知る限りでは時々の政府の科学的理解のない官僚の気まぐれなその日その日の御都合による朝令暮改の嵐にこの調査の系統が吹き乱される憂いが多分にあった。せっかく続けている観・・・ 寺田寅彦 「新春偶語」
・・・政治を論じたり国事を憂いたりする事も、恐らくは貧家の子弟の志すべき事ではあるまい。但し米屋酒屋の勘定を支払わないのが志士義人の特権だとすれば問題は別である。 わたくしは教師をやめると大分気が楽になって、遠慮気兼をする事がなくなったので、・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・苦しみも、憂いも、恨みも、憤りも――世に忌わしきものの痕なければ土に帰る人とは見えず。 王は厳かなる声にて「何者ぞ」と問う。櫂の手を休めたる老人は唖の如く口を開かぬ。ギニヴィアはつと石階を下りて、乱るる百合の花の中より、エレーンの右の手・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・人の子を教うるの学塾にして、かえって、これを傷うの憂いなきを期すべからず、云々と。 我が輩、この忠告の言を案ずるに、ある人の所見において、つまり政治経済学の有用なるは明らかなれども、これを学びて世を害すると否とは、その人に存す。弱冠の書・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・ 我が輩は論者の言を聞き、その憂うるところははなはだもっともなりと思えども、この憂いを救うの方便にいたりては毫も感服すること能わざる者なり。そもそも論者の憂うるところを概言すれば、今の子弟は上を敬せずして不遜なり、漫に政治を談じて軽躁な・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・天気のよい時でも、天気のわるい時でも、チャッチャッチャッと朝から鳴き立てて憂いを知らぬ愉快な鳥であると思うて居たが、ことしの春自分の病が段々に勢をまして、遂に精神の煩悶を来すようになって来て、今まで愉快であったカナリヤの声が遽にうるさくなっ・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・にさえ、家庭の資産状態が調べられなければならない。数年前デパートの女店員は家庭を助けたが、今は家庭が中流で両親そろい月給で生計を助ける必要のないものというのが採用試験の条件である。「大人」に憂いが深いばかりか大人になりつつある若い男女の心も・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・ 姉らしい憂いに満ちた優しい気持で、私は先に欲しがって居てやらなかった西京人形と小さな玩具を胸とも思われる所に置いた。 欲しがって居たのにやらなかった、私のその時の行いをどれほど今となって悔いて居るだろう。 けれ共、甲斐のない事・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
出典:青空文庫