・・・私達は、体験を経ないような事柄に対してはそう愛も感じなければ、またそう憎みをも感ずることが出来ない。もとより同感することも出来ないのであります。 親子の関係、夫妻の関係、友人の関係、また男女恋愛の関係、及び正義に対して抱く感情、美に対し・・・ 小川未明 「芸術は生動す」
・・・そして女というものの、そんなことにかけての、無神経さや残酷さを、今更のように憎み出した。しかしそれが外国で流行っているということについては、自分もなにかそんなことを、婦人雑誌か新聞かで読んでいたような気がした。―― 猫の手の化粧道具! ・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・私は憎みました。致命的にやっつけてやりたい気がしました。そして効果的に恥を与え得る言葉を捜しました。ややあって私はそれに成功することが出来ました。然しそれは効果的に過ぎた言葉でした。やっつけるばかりでなく、恐らくそのシャアシャアした婦人を暗・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・町の者母の無情を憎み残されし子をいや増してあわれがりぬ。かくて母の計あたりしとみえし。あらず、村々には寺あれど人々の慈悲には限あり。不憫なりとは語りあえど、まじめに引取りて末永く育てんというものなく、時には庭先の掃除など命じ人らしく扱うもの・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・彼は時代の悪を憎み、政治の曲を責め、教学の邪を討って、権力と抗争した。 人はあるいは彼はたましいの静謐なき荒々しき狂僧となすかも知れない。しかし彼のやさしき、美しき、礼ある心情はわれわれのすでに見てきた通りである。それにもかかわらず、何・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・役づいておりますれば、つまり出世の道も開けて、宜しい訳でしたが、どうも世の中というものはむずかしいもので、その人が良いから出世するという風には決っていないもので、かえって外の者の嫉みや憎みをも受けまして、そうして役を取上げられまする、そうす・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・市民たちは彼のいろいろな乱暴から、ディオニシアスを蛇のように憎み出しました。しかし、市民もほかの議政官も、彼の暴威に怖れて、だれ一人面と向って反抗することが出来ませんでした。 ディオニシアスには、市民たちが、すべて自分に対してどんな考え・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・して、或るそそっかしい学者が、これこそは人間の骨だ、人間は昔、こんな醜い姿をして這って歩いていたのだ、恥を知れ、などと言って学界の紳士たちをおどかしたので、その石は大変有名になりまして、貴婦人はこれを憎み、醜男は喝采し、宗教家は狼狽し、牛太・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・愛しています、というこの言葉は、言葉にすれば、なんとまあ白々しく、きざっぽい、もどかしい言葉なのか、私は、言葉を憎みます。 愛は、愛は、捕縛できない宇宙的な、いいえ先験的なヌウメンです。どんな素晴らしいフェノメンも愛のほんの一部分の註釈・・・ 太宰治 「古典風」
・・・つまらんものを書いて、佳作だの何だのと、軽薄におだてられたいばかりに、身内の者の寿命をちぢめるとは、憎みても余りある極悪人ではないか。死ね! 親が無くても子は育つ、という。私の場合、親が有るから子は育たぬのだ。親が、子供の貯金をさえ使い・・・ 太宰治 「父」
出典:青空文庫