・・・ この老人のやるせなき不平と堪え難き憤懣を傍観していた自分は、妙に少し感傷的な気分になって来た。なんだかひどくさびしいような心細いようなえたいの知れない気持ちが腹の底からわいて来るように思われた。 ずっと前のことであるが、ある夏の日・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・の方面においていわゆる官学派の民間派に対する圧迫といったようなことについて、具体的の実例をあげていわゆる官僚的元老の横暴を語るのであったが、それがただ冷静な客観的の噂話でなくて、かなり興奮した主観的な憤懣を流出させるのであった。どういう方面・・・ 寺田寅彦 「子規の追憶」
・・・土色の醜いからだが憤懣の団塊であるように思われた。絶対に自分の優越を信じているような子猫は、時々わき見などしながらちょいちょい手を出してからかってみるのである。 困った事にはいつのまにか蜥蜴を捕って食う癖がついた。始めのうちは、捕えたの・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ところが勿論この事の為に異教席の憤懣はひどいものでした。一人のやっぱり技師らしい男がずいぶん粗暴な態度で壇に昇りました。「諸君、私の疑問に答えたまえ。 動物と植物との間には確たる境界がない。パンフレットにも書いて置いた通りそれは人類・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・作者は、忠直卿という若い激しい性格の封建の主君が、君臣関係のしきたりによって自分がおかれている偽りの世界への憤懣から遂に狂猛な暴君のようになり、隠居とともに天空快闊となった次第を語っている。作者は忠直卿とともに、人間関係の真率、偽りなさ、ま・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・天気のよい日、磨かれた靴が特に光り、日を照り返して捩くれるのを見ると、私の心は云いようもなく重く悲しく、当のない憤懣を感じずにはいられないのである。――思うと笑わずにはいられない。 先生や友達の個人的な思い出は抜き、次に印象深いのは、お・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・ さて、こういうように、日本の社会史の上でも画期的な規模と深さとをもってまきおこされた混乱に処して、わたしはおさなく、しかし純粋な憤懣で焼かれるしか心の表現の方法を知らなかった。一九三三年一月の『プロレタリア文学』に発表された「一連の非・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・「たとえば佐藤春夫氏の『星』や『女誡扇綺談』等の作品に流れる世間への憤懣の調べ、川端康成氏の描く最もほのかに美しい世界、あるいは僕らの同じ心の友だちの……。こういう立派な芸術の美しさをまず僕はあらゆる日にとらねばならない。」とする保田与重郎・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・の中に語られているように、全員に対してお八つぬきが行われ、その憤懣が、はけどころを求めて、脱走した少年を半殺しにするようなこともあるかも知れぬ。しかも、少年らは、逃げる、逃げようと欲している。感化され、馴致されることに、常に反撥している。そ・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・今度の大戦で、欧州に出征した黒人は、楽しんで還った故国に非常な失望と、憤懣とを感じて居りますでしょう。独逸人は不正な、人類、人道主義の敵であるから殺せと命じられて来た彼等は、帰って来た土地で、同様の不正と、逆徳とを発見致します。彼等の行為が・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫